※ 存外ファンタジック注意


今の時期は仕方なしにあのヤギを思い出す。今や骨だろうに何故か思うのだ。
元気にしているだろうか、と。

冬を通してつくられた妹の花嫁衣装が母屋の広座に飾られた。
白地に真っ青な石と糸で見事に刺繍された花鳥風月の荘厳な柄と、背に立向居の家紋。ベールも同じく真っ青な繊維でつくられた豪華なものだった。
「素晴らしいな」
「…はい」
立向居は茫然と、春奈は泣いている。嬉し泣きだろう。この衣装は佐久間がつくった。
(しかし、いつの間に。あいつには本当に驚かされる)
鬼道は璃殿に着くなり妻を思い切り抱き上げた。今まで一度も触れた事さえ無かった妻は軽く、しなやかな胴が高度にぐらつきしがみついてくる。
妻は声も無く驚々していたが、鬼道の歓喜溢れる様子を知ると、頭上で笑った。
「何事ですか、旦那様」
「いやだ、危ない。何を」
ちょうど忍が部屋にお茶を持ち、途端に蒼白に駆け寄って来た。

「俺は素晴らしい嫁を持った!」

感極まる思いが込み上げて、とにかく嬉しい。
妻をおろすとベールの間に手を差し込み、頬を撫でた。すべすべとして、まだ柔らかい子供らしい皮膚。立って並ぶと背も小さくて裸足のつま先がちょっと内側に曲がっている。
「どうされましたの」
「………」
夫の並々ならぬ歓喜に戸惑いつつも妻の声は笑んでいる。
鬼道は佐久間の両手を取ると、大事そうに持ち上げた。
「ありがとう。いつも」
「え?」
「俺は嬉しい」
屈むようにして抱き締める。背中は細く、簡単に腕におさまる。
忍は怪訝そうに顔をゆがめ、妻は戸惑い、鬼道だけが果てしなく上機嫌。

先刻、円堂が隣の里の親戚を訪ねると里をたった。その手荷物に見た下物を見つけ、訊くとこうだ。
『お前の嫁さんにもらった』
それは鬼道がアカヤギ討伐に出る際夕香から受け取ったお守りとよく似ていた。
『おれは遠出が多いから、道中無事のお守りだとさ』
ありがたいな、と円堂は笑った。
そして届けられた妹の花嫁衣装。鬼道の心は、まさに張り裂けんばかりだった。

(愛しい!)

御簾やベールが何重にもなって遠い嫁だった。秘めたるものさえある気がして、どうも分けいるのに難しい。
たかが14、15の少女というのに神秘をはらんだ女である。いたずらにするのはおそれ多くも感じられる。
しかし鬼道はそれを、もうどうでも良いと思えた。
顔を見たことの無い人間を大切に思える感覚は、自分ながらに不思議だった。
結婚式での妻の衣装が思い出せない。それが悔しい。浅はかな反発心で妻に歩み寄ろうとしなかった。それが悔しい。一緒に居られたはずの時間を1年以上も無下にした。それが悔しい。
鬼道は妻のベールを上げた。
妻は少し日焼けしたまだあどけない面差しの少女だった。
透き通るような大きな目と、ふくりとまるみを帯びた脣。子供だ。やはり子供だ。不思議な事に鬼道は一度も妻の顔をあれやこれやと想像したりはしなかった。それなのに何故だかなんの抵抗も違和感もなく、今までも見てきた顔のように、すうっと鬼道の目に馴染んだ。

「…よろしいので」
「うん?」
「後悔なさいますよ。知らなければよかったと」
「何故だ。妻だぞ」
「妻だからこそです」
「なんだか知らんが、いいよ。
もう。いいつら構えだな、お前」
「それって褒めているので」
忍が不機嫌そうに口をはさむ。
「もちろんだとも。はじめまして佐久間」
「…ご機嫌麗しう。旦那様…」
今一つ冴えない表情の妻。時期が悪いと思うのかもしれない。

本山は今反発を受けていた。




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