※ 存外ファンタジック注意


自由な妻は好きなのだがつかみどころが無いのも考えようでは不自由だ。
今度の事で鬼道は考えた。
お前は淋しくないのかいと口をついて出そうになるも、ぐっとこらえて後で気付く。むしろ訊いてやればよかったのだと。それで黙るから俺はだめなのだ。

「お前初潮はあるのか」
「………」
「あるのか?」
「なぜです」
「なぜって、そりゃあ…お前…嫁なのだから」
絶期が明けてさっそく離殿を訪ねてきた鬼道はまたさっそくも忍ににらまれる。
初潮と聞いて黙ったのでまさか知識が無かろうかと思ったが、妹が博識と称える妻が知らないでいるわけが無い。しかし、なぜ、とかえってくるのだから、いや、うん。やはりわかっていない。
「いずれ跡目が必要になるのはわかるだろう」
「もちろんです」
「だからだ。お前にうんでもらわなきゃならん」
「なぜ」
「お前、俺の嫁だろう!」

絶期の間、鬼道は仕事に熱心だった。新年の便りを送ったり、族長の集いに付き添ったり、一度本山へも礼拝に参じた。本山への道は雪のためにさらに厳しく、戻った時にはくたびれ果てた。
そんな時には離殿に行きたいと思ったものだ。
特製の炭が部屋を暖める、火鉢の音。きままな猫たち。なにやら手仕事をする妻の隣に寝そべって、本を読みたい。居眠りしたい。
今なにをしているのだろう。
外への誘いの文を出そうと、もちろん妻はつれなかった。

ある日久々に円堂の家を訪ね、豪炎寺と3人酒をのみ交わしたが、円堂はいつも通りにさっさとつぶれて寝てしまう。するとつい、どこかで頼る心がある豪炎寺に対して愚痴や悩みが出てしまう。最近はもっぱら妻の話が多い。
「父から言われる。子供はまだかとか。妹が嫁に行くから、頃合いだと思うんだろう」
「はぁ、14か。うん。まぁ、どうだろうな」
「なにがだ」
「14って、がきじゃないか。第一お前顔も知らなくてその気になるか」
「……」
孫がみたいだのうんぬんと、父は近頃よく言う。
豪炎寺の言う通り鬼道にはいかに妻といえども子供をどうする気にもなれない。おそらくは賢い妹くらいのつもりなのだからそんな馬鹿げた不埒はありはしないのだ。
「その気にはならないな」
「そうだろう」
「だって子供だし。今時期は庭に出ないから女衣をまとうが闘衣なんかを着るんだぞ」
「ひどいな、さすがだ」
「何がさすがだ。ひとごとと思って」
豪炎寺はいまだ独身であるが、里の戦士として、また本山に行きっぱなしの父の代理として族長を務める目まぐるしい日々をおくる。幼い妹を気遣いながら、結婚など考えもしないのかもしれない。
大体そもそも女に興味が薄い性格である。
そんな豪炎寺が唯一ほめるのが鬼道の妻なのだから、鬼道は内心豪炎寺のことを警戒している。信じてはいるが。
「とりあえず顔を見てみろよ。ものすごい美人という可能性もある。そしたら年なんか関係なくなるかも」
「どうかな。美人でも、がきはがきだ」
そう言いつつも鬼道は急に妻の素顔への興味が高まった。

「あら、まぁいらっしゃいませ無礼者」
「お前にだけは言われたくない」
それはまあぶしつけな事を訊きはしたが、絶期明けの再会以来忍はもっと過激になった。鬼道は等位や仕事で他人との態度をそう変えないが、忍は本当に恐いもの知らずだと思う。等位に固執する人間も居るのだから、もし鬼道がその類いならば忍の首はとっくに胴から離れている。
「姫様になにをおっしゃったかお忘れですか。図々しい。馴れ馴れしい」
「夫婦なのだが」
「わたくしは認めておりません」
「あ、そうなのか…なるほど」
妻は部屋で居眠りをしていた。珍しい光景である。火鉢で炭がぱちぱち鳴り、猫たちが体を沿うようにくっついて寝ていた。
「珍しい」
「眠くなる時期なのです」
「ふうん。冬に弱いか」
「とにかく起こさないでくださいまし」
「ああ、わかったよ。俺は本でも読んでるから」
「今お茶を」
忍が下がってから、鬼道は妻のそばにしゃがみ、顔にかかったベールを見つめた。
顔を見ようとしなかったわけじゃない。
実は一度拒絶されている。これは誰にも話していない。

秋が深まり璃殿の庭も素晴らしい紅葉を見せていた頃、今のように妻が縁側に眠っていた事があった。正確にいつとは覚えていないが喪服だったから祖父の葬儀の後であろう。
もみじやいちょうの舞い込んだ縁側は、秋景色を織った美しい反物のような光景であった。
眠る妻のすぐそばに腰掛け庭を眺めていてそれも飽きた頃、ふといたずら心でベールをめくる事を思い付く。白のベールに赤黄に紅葉したもみじが乗っていた。
その薄布をちょっとつまみ、持ち上げようとして声がかかる。

『いけませんよ』

驚いて手を離すと、妻はなお続けた。
『覚悟がなくば』
『………』
『いけません』
確かに長々見てこなかった素顔だが、覚悟というのは大げさな気がした。鬼道はふたたび身を乗り出して、なんの覚悟が必要かと問うた。
すると妻は少し黙り、
それなりの、と答えたのだった。

これはなかなかの事である。
それなりのと言われれば、ちょっといたずらという気持ちで見てはいけないと思ったし、そう言うからには妻にも覚悟が要る事なのだ。

鬼道はあくびする猫を眺めながらぼんやり思った。
顔を見ていないそれどころか、妻には触れた事さえ無い。


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