※ 存外ファンタジック注意


年明け、豪炎寺の妹が意外なことを口にした。
「春になったら山にはいろうとおもうの」
「ばかなことを。兄貴は知ってるのか」
「まだ。おくさまに言ってからとおもって」
「……」
鬼道はすっかり妻が本山の出身であることを忘れていた。あまりにもらしくないせいだ。果たしてこの話どう聞くか。興味と心配で鬼道も立ちあう事にした。
妻はまだ喪服姿。いつも手伝いに出てくる子供にたいして、さすがに御簾は下げないようだ。
「理由をお聞かせください」
「あの、どうしたら道女(尼修行をする女性の総称)になれるかききたいの」
「ええ。ですから、理由を。生半可なお気持ちなら、教えて差し上げられませぬ」
冷たくはないが、言い方はきびしい。傍らに座っていた春奈もそわそわと2人を見比べ、豪炎寺の妹はというとぴくりとも動かない妻とカメに少し怯えているようにも見えた。
「お父さまやお兄さまのてつだいがしたいから」
「ここで十分できるではありませんか」
「ううん、ちがうの。お父さまとおなじように、ならいたいってこと」
「…薬師になると?」
妻の声は通して厳しい。しかし複雑なところがあるのか、なんとなくもどかしそうにも見える。
豪炎寺の父は本山にて薬師として従事しており、里では尊敬される偉大な人物である。豪炎寺が修行のために里を出る前、久方ぶりに里に戻ったがそれも本当に修行の間だけであった。
現在里の薬師の多くは豪炎寺の父にその術を習ったのだが、師匠のように頼りがいのある、優秀な者はいないといえる。まだ産婆たちの方が根性が座っていて心強いくらいである。
「そうしたいの」
「そうですか…」
「うん」
「では本日は泊まってらして。そのお話しいたしましょう」
「とまっていいの?わぁ、うれしいわ。お兄さまに言わなくちゃ」
妻の声から厳しさが消えたが、何かはらに据えた思いでもあるのだろうか。わずか14歳の娘に相応しくはない風格である。
一等の家の妻としてならば良い傾向といえるかもしれない。鬼道はもう妻をばかとは思っていない。どんなに無邪気でもそれは獣のようなのだ。
はしゃぎ、あそび、しかし牙も持つ。
見所がある、というやつだ。

さて新年めでたくも、なんとも微妙な空気が流れる頃がある。
正月十日を過ぎると絶期という夫の璃殿立入禁止期間があるのだ。
「長年連れ添って、せいせいするとおっしゃるご夫婦もいたりしますけどね」
「そういえば、おれたちはまだいいのですよね。まだ結婚していないのだから」
「大丈夫ですよ。璃殿に入れないので、奥さんに会ってはいけないわけではないのですし」
「そうか。そうですね。そうですよね」
妹夫婦はむつまじい。
確かに結婚して何年も経った夫婦などの夫は、小声やかましい妻に会わなくて済む、いい時期だなどと笑い話にしたりする。しかしそのうちに寂しくなったり恋しくなったり、でも恥ずかしいのでなんだかくすぐったいようになる。それがなんとも形容しがたく、むずかゆい空気をかもしだすのだ。
「旦那様は璃殿がお好きなだけでございましょう。なんなら猫でも連れてゆきますか」
「ははん。減らず口と思うらしいな、忍よ」
「ええ」
「妻に会えなくなるのは淋しいというのは、当然のしかりと思わないか」
「旦那様に限りましては」
忍は相変わらず、鬼道に厳しい。
だいたいが鬼道と話す時、こちらを見ないし、目が座ってやがると思う。なんなら無礼者だと追われても仕方ないくらいの態度である。憎たらしいことに忍は妻の前では従順でおとなしい。
まったく素晴らしい性格をしている。
「なにやら楽しそうですね」
部屋に通されてまでやいのやいのと言い合うので、妻ががぜんのんびりとした仲裁を入れる。
「姫様、旦那様は絶期が淋しうて仕方ないと」
したり、と忍がからかうように嘲笑うかのように鼻にかけて高々と言う。本当に心底嫌われている。
「ははは、ばかな」
「まぁ、本当です」
「ばかなとはなんだお前」
妻の反応はやはり予想からかけはなれてあっけない。
何でもない事のように言われて鬼道もさすがにむっとなる。
「またからかって。さみしいも何も有りはしません」
「からかう?」
「ちがいます?」
今どんな顔をしているのだろう。そこで黙ったがため忍はまた渾身じろりと睨んでくるし、妻の言葉が肯定されてしまったらしい。
確かに“妻”に対する態度とは鬼道のそれは違うであろう。それでも家族の一員として、情は傾けてきたつもりであっただけ、鬼道は少し落ち込んだ。
この4年のずさんな対峙を無いものとして今の事だけを意識するのはこちらに都合が良すぎるだろう。さすがにそれはわかる。今になって妹が言った、四年間一度の文句も申し立ても無かったという事が大変な事なのだと思う。
その妻の謙虚な様は反省を促す。鬼道は今反省し、後悔している。妻は鬼道よりずいぶん幼いが、会った事により今までとは世界が大きく拓けたと思う。人生観が変化したともいえる。ともかく良い影響があったのだから。



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