※ 存外ファンタジック注意


年の瀬が迫る。嵐燈(おおみそかの祭)に妻を誘うと断られてしまった。
最後の瀬、妹と行けと言われて、自分の心配りの無さに少しあきれてしまう。確かな事だ。
「私と?義姉さんと行かないの」
「まだお前をくれてやったわけじゃないんだ。最後くらい兄と過ごしてくれてもよかろう」
「………」
春奈はなんともいえない顔ではにかむ。それを見たらまだ本当に少女であると思う。
「わかったわ。一緒に行きます」
結婚はどうしてもめでたいものだがやはり身内が去るのは淋しいものだ。来年の嵐燈には春奈は居ない。嫁入り道具のつまったつづらが妹の部屋に積まれているのを、切なく思ってしまうのは仕方ない。

「それで、春奈と行くことになった」
「良かった。楽しんでらして」
「お前、ここから出たくは無いのかい」
「嫌です。出るには篭に入らなくていけない」
「ああ、なるほど」
もっともらしい理由だが、本心がどうだかわからない。これだけ戒律に縛られない者は知る限り他には居ないのに、妻は離殿からは出ないのだ。それだけはどこまでも遵守している。

「立向居」
「あ、どうも。お世話になります豪炎寺さん」
「いや、鬼道を支えてくれて助かるよ。音無も最近はなんとか立ち直ったようだし」
「おれなんか、何にもしていないですよ」
「謙遜するな。よくやってくれているよ」
「あ…それは…どうも…」
春奈の夫、立向居。
この折りに豪炎寺も親交を交わす事となった。うぶな感じもするのだが、なかなか芯の通った人物だ。
褒められてなんだか照れてしまったのを見て春奈と似ていると思う。豪炎寺がこの時の事を鬼道に伝えると鬼道は大笑いしていた。自分でもよくよく思っていたそうだ。
この頃鬼道は笑うようになった。むずかしい顔をする方がずっと得意だったのだが、顔つきがやわらかくなった気がする。
と、いうような事をここで言えば鬼道もおそらく照れるだろう。似た者兄妹、似た者夫婦。そして今度はそれを奥方に伝えた。
「良い傾向だ」
「ふふ、まったくです」
「では奥方よ、俺と行かないか。嵐燈。綺麗だぞ」
「ご冗談を」
御簾越しに鬼道の妻と会話する。まだ14歳の少女だとわかっていても利に富んだ会話が大人びていて時々錯覚しそうになる。まだあどけなさもあるのに事をわきまえているものの話し方をする。
おそらく鬼道がよく笑うようになったのも彼女のおかげなのだろう。
鬼道はつくづく良い嫁を持ったと思う。

さて今年も残すところあと数時間という時、嵐燈も佳境という頃に鬼道は離殿を訪ねて来た。
妻は驚いて妹はどうしたとあわてたが、あとは夫にあずけて来たと伝えると、どうやらほっとして、そして喜んでいるようだった。
「おつかれさまです」
「なんだか、渡す覚悟がついたような気がしたんだ」
「それはようございました」
「立向居がどんな男か今回の一件でよくわかったし、彼らが想い合っているのもわかった」
「ハイ」
「春奈は幸せになれるだろう…」
妻は縁側に面した部屋に火鉢を出して嵐燈のあかりを眺めていた。珍しく冷え込みのゆるい夜。鬼道は御簾の前に腰を下ろす。
ところでなぜか豪炎寺が居る。
「おい無視か」
「無視だ」
「ほら、円堂も居るぜ。御簾の中には妹もな。すでに寝てるが…」
かどになっていて見えなかったかげに円堂が酔いつぶれてか音もなく眠っていた。その尻に猫が丸くなっているのを見てふきだしてしまう。
「最初から居たのか。どおりで見つけられなかった。年の瀬の挨拶をしたかったんだぞ」
「はは、失礼した。実は奥方を驚かす手はずでな。お前にばらしていては意味が無いしなあ」
「お三方、お酒を抱えていらしたのですよ。もう、日が落ちる前からのみはじめてしまって…」
「ははあ…」
確かに酒瓶の数がおびただしいではないか。
妻がさみしい思いをしているのではないかと気がかりにしていたが、良い友人に恵まれたと思う。
鬼道は空の猪口をつまみ、手酌で注ぐと飲み干した。
「あ、旦那様…注ぎます」
「お前今動けないんだろう。じっとしてなさい」
「…はい」
御簾に浮かぶ影は妻とその膝に眠る子供である。
どちらかといえば妻はその幼子との方が年が近いのだ。
その膝に眠る子供と同じ年の頃、ここに嫁いだ。
鬼道は急に妻がいとおしく感じられた。抱きしめたいと思った。今になって突然だった。
でもそれは春奈や、赤子の時から成長を見守ってきた豪炎寺の妹に対するものと似ていた。大事にしたい。
そういう衝動だった。
「…本年はまこと、お世話になりもうしました」
「え、ああ、そうか。もうそんな刻限か」
「ええ。明けまする」
「こちらこそ、佐久間。妹ともども世話になったよ」
「とんでもございません。今日、来ていただいて、嬉しかった」
年明けを告げるちゃっぱ(金属製の楽器)が遠くでにぎやかに鳴り出し、新年を迎える。
「お前、佐久間っていうのか」
「ふふ、はい。おそれながら婚名を名乗らせていただいておりまする」
「そうか、佐久間か」
「変な夫婦だな。名前も知らなかったのか」
豪炎寺が笑う。確かにおかしな夫婦だと思う。
今名前を知ったのだが、まだ顔は見ていないのだ。



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