※ 「つぶて」の続き



完済を避けるため、貧しさを演じる。
けちくさく、こまごまと節約し、あまり食わない。でも多分騙せてはいない。佐久間は頭が良い。
「2840円…」
「もういいです」
「あ、2940円だった。ホラ」
「……」
相変わらずの冷えた目が、手のひらの金を見据えている。受けとることを躊躇しているというよりも、ほとんど拒否しているに近い。
面倒そうだ。
「これきりで」
「あと6万2300円」
「…結構ですから」
そこで勢いよく抱きつくと、氷ったかのように体が硬直する。息をのむのがわかる。そのままにしておくとそのうち震えだすので、早々に離してやる。嫌われたくはないのだ。
「…、…、…、、」
「いやならいやがれよ」
「…やめてください」
「ふうん?」
「………」

目玉が裂けようが佐久間は空洞のままだった。信じがたいが本当にさしたる事では無いようだった。たぶん視界が狭くて不便だとか、その程度の変化なのだろう。この子が変わっている事はわかっていたが、あまりにも自分に興味が無い。
おかげで不動からの好意にも気付かない。
もちろん、アピール自体もわかりにくいが。
「来月はもうちょい多く返すから」
「もう忘れませんか。私のお金では無いですし、本当に、結構ですから」
「お前もしつこいな」
不動が返金のため佐久間を呼ぶと、佐久間は必ず一回は断る。不動は必ず食い下がる。そして最後にはこぎつける。約束をしてしまえば佐久間は律儀な性格のためか、嫌そうに、うんざりとした様子ながら、絶対に来る。
それが佐久間をただの空っぽの女だと思えない要因のひとつだった。

不動は過去一度きり見た佐久間の笑顔が忘れられない。

もう一度見たい何度でも見たいが、どうしたらいいのかわからなかった。
そしてあれから2年経っている。
返金を理由に繋ぎ止めている関係が情けない。
社会人になって、とりまく環境が目まぐるしく変化した時期も、佐久間は一切変わらなかった。透明で空洞な少女のまま、鋭そうな、でも消えそうなとけそうな、彼女をつくるものがするするとほどけて失せそうな、そのままなのだ。
「やめてください」
「けちなこと言うなよ」
「軽い」
「は」
「いえ、なんでもないです」
キスをしようとしてさえぎられた。やんわりとした仕草だったが、だがはっきりとした拒否だった。
「では私、失礼します」
「また連絡する」
「………失礼します」
「ああ」
「………」

関係が変化したとは言えない。

不動は佐久間を好きだった。それはどうやら間違い無かった。しかも何故だかそれをうまく伝えられない程度、相当な惚れ込みである。何か不思議な現象に巻き込まれたような気分にすらなる。
全く笑わない女が可愛くて仕方ないのは、もはや頭がおかしくなったのだ。

結果的な事だったが、節約は続けていた。佐久間に何か買ってやろうと思いついた。つくづく順序がおかしいが、不動にとってはしたいことが優先的になるのは自然な事だった。
指輪が良い。細くて銀色の。
喜ばないだろうな。
そう思うと今から楽しみだった。

「すみません。その日は無理です」
「お、珍しいな」
「……」
「じゃあ次の日」
「無理です」
「あ?じゃあ次の日?」
「いえ、無理です」
冬。
いつも通り会う約束をしようとして、予定が合わなかった。不動が指定した日時はいままで変更された事が無い。いつも佐久間は来た。断られた事も無い。
「この辺は忙しいってことか。じゃあ次の週だな」
「無理です」
「なんだよ」
「というか、もう会いません。お互いに忘れましょう」
「またか…」
佐久間が時々言い出す事だ。不動はいつも相手にしないがその言葉が本気をはらんでいるということはわかっていた。
「なぁ、嫌なのか」
「不動さんには感謝しています。だからもういいんです。お金は全て礼金と思ってください」
「やだね」
「……不毛だ」
静かに、だが吐き捨てるように言われて不動はひるんだ。
「不毛だと?」
「まったく、その状況だと思いませんか。意味が無い」
「別に。お前に会うの、俺好きだぜ」
「ばかばかしい」
威嚇とか嫌みではないのがこの娘の恐ろしいところだ。
心底まったく本心なのだから。
「可愛い奴だよ本当に。呆れる。じゃあこうしよう佐久間」
「はい?」
「結婚しよう。俺ら」
「………」
佐久間が黙るのはもっともだが、不動は本気だった。いずれ言おうと、いやむしろ、しようとしていた事だったのだから、なんら不自然な言葉では無い。
「今のって、冗談ととればよろしいですか」
「いや?本心としてとってください」
「………」
なお黙る佐久間の手をとり、指輪をはめる。この指輪、歳のくせ高給取りの不動がそれでも奮発したといえる額だった。佐久間は無反応である。
「どうする」
「…きれいです」
「似合う」
「…私も思い付きました」
佐久間は複雑そうな顔で指輪を見ていたが、手を下ろす。その時指輪が間接の節までずれたのを不動は見逃さなかった。
「これで完済ということにしましょう」
「は?」
「この指輪で。元がいくらだったとしても、これを私が不動さんから6万2300円で買ったということに」
「あっそう。それでもいいけど。それサイズ合ってないだろ」
「かまいません」
「それで、入籍はいつにする」
「……」
佐久間は目をぱちぱちとしばたたせ、笑った。
「へんなひと」




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