※ 存外ファンタジック注意



祖父の葬儀が執り行われた。
前当主の威厳ある最期を妻に語った。
妻は葬儀に出られないが、立派なりんどうとうずらの献花が、誰からの物かはすぐにわかった。祖父もあの庭が好きだったらしい。
大柄で頑丈だった祖父の棺が、気付けばたいして大きくも無い。

鬼道は儀式のち璃殿へ入り、喪服の妻と出会う。
それがはじめて見た妻の女衣姿であった。

「そういうわけで、式は来期になるわけだが…」
「そう、せつない顔をなさらないでください。今回の事は仕方ないではありませんか」
「しかし」
「それに、義兄さんのせいでは無いのですから」
祖父の訃報が届き、取り急ぎ駆けつけてくれたのだろう。妹婿が訪ねて来た。
共をひとりもつけずに来たところ、柔和な男だが自立したたくましさを感じる。
祖父の死で妹の婚礼が延びた。
祖父も未練であろう。妹の結婚を歓んでいたし、自分の死によって鬼道の家は喪に入る。その間結婚は避ける習わしだ。さぞ無念であろう。

埋葬も九日祈祷(埋葬から九日間一族の男が交代で寝ずの墓番をする供養のひとつ)も終わったある日、鬼道はにび色の喪服姿の少女が2人璃殿の縁側に座っている場にでくわした。
2人の奥には見事に紅葉した赤茶黄の庭が見える。
「春奈さん、兄様と同じおかおになっておりますよ。ほら、下がり眉。もうおよしになったら」
「………」
「めそめそしないの」
「まだ無理です」
春奈の声は聞くからに力無く、いかにも疲れたような様子だ。2人ともが黒刺繍のベールを被っているが、どちらが誰かはすぐにわかる。妻の背筋はきっとのび、毅然としている。一方の妹は儚げだ。
「さみしくて、私…
お祖父様にもお祝いして欲しかったと思うし、そう思うと辛くて」
「楽しみにしてらしたものね。でもそれも旦那様にお話しになったら。わたくしではなくてね」
「まだ会いたくないの」
痩せたねと話していた祖父がだんだん弱ってきて、でもこの祝い事を機にまた気力を取り戻してくれればと願っていた春奈の気持ちはよくわかる。
妹にとって祖父を亡くした事が、未来の幸せに突き刺さった痛みにもなる。
今はそれさえもない交ぜになり、さめざめ哀しんでいるのだろう。
「そんな事」
「……」
「甘えないの。わたくしはそういう係ではありません」
「義姉さん、あんまり冷たいわ…」
「旦那様のところに行って、つらいのだとお伝えなさいませ。お話を聞いてくれましょう。そして旦那様の前でお泣きなさいませ。ぞんぶん、思いっきり」
「………」
なにぶん顔が見えないわけだが、妹は今にも泣きそうなのだろう。そして妻は、どんな顔をしているのかいまだに知りはしないが、きっときりりとして、高貴な顔をしているのだろう。
「許してくださる?」
「もちろんですとも。貴女様が選んだ方でしょう」
「……」
「もしうろたえたらお止めなさいな、結婚なんて」
「ふふ、そうですね…」
「ようやっと笑いました。ほら、ずっとかわいいですよ」
「義姉さん、ありがとう」
「わたくしはなにも」
2人はしばらく黙っていたが、ようやく、いってきます、と妹が立ち上がる。ふさぎこんで、折角はるばる山を越えてきた婿殿に会わないままを決め込んでいたのだが、それが妻にかかれはあっさりこうだ。
鬼道もその日は声をかけぬまま母屋に帰った。

妹婿は冬を鬼道の家で過ごす事を決めた。前当主の逝去であわただしいやらの落ち着かない鬼道家を手伝い、落ち込んでしまった春奈を励ます毎日。
よく働き、人当たりの良い婿殿は里の者にも好かれている。鬼道も大いに助かった。
近ごろ春奈は璃殿で寝泊まりをしていた。
前当主を失い、家の体制がぐらついている。それをさらに崩しにかかるそりのあわない親戚や、遺産の事で意見してくる理事(弁護士のようなもの)やおこぼれを貰おうと必死の臣下たちなど、今の春奈には厳しい現実である。
ゆっくりと冬に向かう妻の庭が、一番よかろう。
時々顔を出せばヤギの乳をしぼっただとか、芋の菓子を作っただとか、璃殿で体験した事を笑顔で話してくれる。もう立ち直るのは時間の問題であろう。
「助かる」
「わたくしはなにも」
「いいや。助かるよ。妹も決して弱くは無いが、なにしろ女子だからどうしていいか」
「わたくしは、なにも」
何か言おうとして、なんとも言えない。鬼道があれこれ考えていると庭から女児が駆け出して来る。近頃ここのつになった豪炎寺の妹だ。
「おくさま見て。犬が見つけたの」
「あら、大扇。けがをしているのですか」
「なおる?」
「さあ。運によります」
「なおして、おねがい」
転ぶかのごとく縁側に上がるその裾から、かさかさに乾いた枯葉が散らかる。
この山裾にも冬が近付いている。またあの厳しい季節が来るのだと思う。
今年は雪が多かろうと占師が言っていたらしい。
「火鉢を出さないと」
部屋の中で妻が言うのが小さく聞こえた。
鬼道はそれを聞くと何故だかふいに、冬も悪くないような気分になる。






※ 大扇…サシバのこと。タカ科の鳥。差羽。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -