※ 存外ファンタジック注意



妻はほぼ毎回庭に出ていて、よそで聞く良妻の条件なんかにはひとつもあてはまらない暮らしぶりだった。
ある時は縁側で糸を縒り、ある時は庭で馬を洗い、ある時は犬と走り回っていた。その大抵が狩衣(狩に出る時の服)だったり闘衣(戦闘衣装。長距離移動をする際にも着る)だったりで、一度きりも美しく着飾った衣装であった事は無い。
言えた立場では、本当に無いのだが、妻としての自覚があろうか。
よその新妻は旦那のために、すみまで気を遣った姿で待っていたりするらしい。
別にうらやましくはない。

「あいつったら、いつもああなんだな」
「あれでも大人しくなりました」
「忍、苦労かけるな」
「いいえ」
「……」
「“ああ”って、どういう意味でございますか」
「いや、まあ、悪い意味ではないから」
妻のカメである忍は、鬼道への忠誠心や敬いはほとんど無いに等しかった。それだけ主人であるあの土まみれの嫁を、大切に思っているらしい。今の言葉にもさしたる意味も込めていないのだが、じろりと睨まれる。気丈な娘だ。
鬼道が庭の縁側に現れると相変わらず土によごれた妻が、無視をする。よその嫁は嬉しそうにしずしずそばにやってきて、初々しい所作で挨拶をするらしい。
きらびやかに着飾るよりも、質素な方が良いのかもしれない。暇に腐れているよりも、働き者なのは良いかもしれない。
しかし自分はそこまできとくで無いからある程度の女性らしさは欲しのだが、ほうっておかれて妻は勇ましい。聞けば武芸もたしなむそうだ。

「喪期(お盆のようなもの)や正月には、女物を着たりするのか」
「あ、この格好にございますか。これは外に出る時だけで、だって女衣(女性用の着物)では動きにくいので」
「じゃあ家では女物を」
「ええ。以前御簾越しにお話しした際にも、わたくし女衣をまとっておりました」
妻は訊かれない限り自分の事を話さなかった。
なぜ、畑をやるのか。
馬を生かしたのはなぜか。
犬の脚をどう治したのか。
当たり障りのない事を訊いても、答えは大体予想もできない返事だった。本当は円堂とどうして知り合ったのだとか、自分に対してどう思っているのかなど、聞かねばならないと思っている事を口に出そうとはするのだが。
それから妻はおそろしくざっくばらんな性格だった。
それによって得られる印象は幼さではなく、精神的に落ち着きを持った大人しさである。
この年齢でこうあっさりした子供も珍しい。たいがいが気難しい時期だ。まして本山の娘なのだから、自分をこれでもかというくらいにないがしろにしてきた夫を、恨まない事があり得ようか。わがままで、きかない子供であっておかしくない。

鬼道は離殿に通うようになった。
理由はよくわからない。妻は鬼道に特別なにをする事も無かった。
もてなすでもないが追い返したり邪険にすることもしない。縁側に腰かけて、犬猫と戯れるなり畑の世話をするなりの妻を眺める。仕事を持ち込んで1日縁側で過ごしたり、行商から買った本を読んだりした。
「旦那様、ざくろを召し上がりますか」
「ざくろもあるのかこの庭は」
「ハイ。あの奥に2本。雄株と雌株ですから、時期にこどもも育ちましょう」
「はあ…なんでもありだな」
切って並べて寄越すかと思えばかごに入れていた実をひとつつかんでこちらに投げただけである。雑だ。

妻の庭は気持ちが良い。
適度な日向にひらけた空間。猫やら犬やらも揃ってのんびりした性格で、地鶏の案外豊かな仕草や、人懐っこいヤギ。立派な馬に成長した、昔の駄馬。それに気兼ねしない妻と無愛想なカメ。
静かだし賑やかだし、誰かに特別気遣われたりだらしなく姿勢を崩していても咎められたりする事も無い。
離殿はとても快適だった。

手のひら返して足繁く通う鬼道に対し、苦言があるかと思っていた。
特にうるさかった妹と豪炎寺と乳母からはそれなりの嫌味くらいは覚悟していたのだが。
「いいえ。だって一度義姉さんに会えば、そうなるってわかってたもの」
「……」
「照れてるの?かわいいでしょ、義姉さん。とっても博識なのよ」
「手に負えない気がするよ」
「あら。ごちそうさま」
腹にためられるのも気持ちが悪いのでそれとなく春奈に言ってみたらこの返し。なんだか踊らされたような感じ。
「ごちそうさま?」
「確かにそれは“ごちそうさま”だな」
「何がだ」
「過ぎた嫁だと誉めてるんだろ」
「違う」
「ははは」
妻は戒律を気にもとめない。
確かに御簾に入れなければよかろうが、やはり豪炎寺も鬼道の嫁に何度も会っていたらしい。
妹を迎えに行ってその妹に無理に引き入れられたのがきっかけというが、やはり庭の見事さに驚き、また全く圧力の無い人柄である鬼道の妻と打ち解けるに時間はかからなかったという。
「あの庭をみたら気持ちの良い人物である事は予想できたよ」
「ふうん」
「なんだ。言わなかったから拗ねてるのか。俺はお前が悪いと思うけどな」
「うるさい。わかってる」
さらには円堂も、乳母までもが妻と親しい。鬼道はとっくに四面楚歌で、結局周囲の思惑通りに妻に興味を持ってしまった。
「だが子供だ」
「いや、大人だよ。
お前がそう思ってるって、わかってると思う」
「……」
「でもいずれ世継ぎが生めるようになればそうも言ってられない」
「はぁ…」
「いらないならくれ。良い嫁だ」
どう考えても豪炎寺の知略だろうに、鬼道はまんまとそれに怒ってふざけるなだのと言い捨てて、
その足でずかずかと離殿に来た。

「おや珍しい。お晩です旦那様」
「…何してる?」
「星を見ておりました」
「………」
「時々流れますゆえ、ほら。飽きませぬ」
縁側に転がった妻に毒気を抜かれる。
鬼道は横に寝そべると、嫁と並んで星をながめた。




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