※ 存外ファンタジック注意



黒々として陰った屋敷に日がな黙ってじっとしている。着飾ったり希少物を欲したり、とにかく何かしらの贅沢をしている。
鬼道はただここにつれてこられただけの子供を、とんでもなく悪く思っていた事に気が付いた。
妻は、

与えられた敷地を思うまま、花を植えたり野菜を育てたり、果てはヤギや鶏やらの家畜を飼って暮らしていた。鳩の小屋も立派な畑も、全て姫君の作らしい。
駄馬を鍛え、脚をだめにした犬を救い、立派に生かしてきたのだった。
鬼道は正直、混乱した。

「あのう、旦那様。ご無沙汰にございます。おからだの健やかそうなご様子、お喜び申し上げまする」
「ああ…」
「先刻は、失礼を致しました」
御簾の奥で、彼女が頭を下げたのがわかった。さっき見た木管の飾りが、どこかでからから鳴っている。そして庭からはヤギの声。
(一体ここは、なんだ。どうなってるんだ)
本山の奥方様を思い出す。
高貴で、優美で、神秘的。本山も宗教も嫌いだが、あの奥方の様は正しい。位が高い、というものは、ああいう空気をまとってこそなのだ!
「あの桔梗は」
「桔梗。わたくしめが持っていた物のことでございましょうか」
「そうだ」
「あれ、ええ…円堂様にお贈りいたしました」
「………」
嫁は、なんだか申し訳なさそうに言った。
「円堂?」
「はい。あの、お祖父様のお見舞いに」
「そうじゃない」
「?」
鬼道は驚いていたが、努めて静かな反応を見せた。円堂と接触が…そんな馬鹿な。一等の家の嫁が、旦那以外の男に会うのはほぼ御法度とされる。それを、何をしゃあしゃあと。
「お前が育てたのかと訊いているんだ」
「ああ。ええ。そうにございます」
「…なぜ」
「えっ」
嫁は黙った。
何を訊かれているのかよくわかっていない様子である。何に対するなぜなのか、御簾の向こうで細い影が、かくり、と首をかしげる。
「ありえない」
「ありえない?」
「何してるんだお前、一体」
「……ええと」
(ばかかもしれない)
鬼道にはこの嫁が、今のところとても異質な変人にしか思えなかった。
とんでもなく非常識。
鬼道は婚儀以来一度も会った事が無く、声を交わした事も無い妻を、勝手に悪のかたまりのように想像し、離殿で優雅に贅沢したり、カメや下女をいじめたり、そういった悪妻の姿を決めつけては、勝手に嫌い、疎んでいた。
しかしそれが、そのほうが、今はこんなに悩まなかった。よもや弱頭(知遅れ等発達障害を持つ障害者の俗称)かもしれない。そんな事まで考えた。
「もしかして、おかんむり」
「は」
「好き勝手してる自覚くらいは、ありますから」
「あるのか」
「ふふっ、ええ」
つい素直な反応をした夫に、妻は微笑む。御簾越しだから気配だけだが、全く毒の無いふるまいが一番うろたえさせてくれている原因なのだと今わかった。
周囲にうるさく言われた分、また自分が多少後ろめたい分、妻は自分を日々恨んで過ごしているにちがいないと思い込んでいた。
ところがなんだ。

『あらやだ!旦那様!』

“あらやだ”
これは非難ではない。
びっくりした、それだけだろう。
好き勝手の自覚があったならそれは鬼道がここに来ない前提の行動で、庭を畑に改造したり処分されたはずの馬を生かしていたのがいきなり全部ばれたのと、自分が土まみれだったのと、そんなところだろう。
いやみひとつ言われない事が鬼道には逆に居心地が悪い。
「なぁ、お前こそ怒ってはいないのか」
「おこる。何にでございますか」
「俺にだよ」
「なぜ」
「なぜ…なぜだと?」
明晰なはずの頭脳は、うまく働かなくなっていた。
あまりにも規格外の嫁。
処理が間に合わない。眉間に深々としわ。
腕を組み、うなりだす。
「ふふ、ごめんなさいまし。変な嫁で、驚かせてしまいました」
「………」
「畑やら馬は、そうしたかったからとしか説明が出来ませんけれど」
「したかった」
「ええ。“奥方”の仕事って特別無いものですから、1日黙って座ってもいられないし、実家でもやってた事なんです」
妻の声は、おとなしかった。
反抗心ややけを起こして好きにやっている事でも無いらしい。やりたくてやった事。しかし“嫁”ということを考えれば、実に妙な娘である。
「処罰なら受けまする」
「そんなものない」
それほどお前に、関心など無い!
という意味を込めて言ったのが、伝わったのかどうなのか、嫁はよかったと喜んでいる。
「帰る」
「ええ、御達者で」
「見送りはいらない」
「承知いたしました」

鬼道は妻が妹とたったひとつしか違わない、いまだ少女である事を忘れて、それなのに嫁に寄越された事も忘れて、混乱のまま、気遣う言葉ひとつもかけず、いらいらと離殿を出てきて、思う。
なんて素晴らしい庭だったろう。
そして宗教的に深い意味を持つはずのベールを、おそらく日除けのために被っていた妻を思いだし、少し笑った。
変な嫁だ。




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