※ 存外ファンタジック注意



妹の嫁入り準備が始まった。夏に収穫した果物で酒を作ったり染布で衣装を作ったりするので、秋に入れば家が慌ただしくなろう事は予想できた。
「その前に行くべきだ」
「そうだ。お前も先方にあいさつに出たりするんだろう」
「忙しくなったら、もうそれどころじゃないんだから」
「そうよ、いらっしゃって」
「春奈、お前まで」
鬼道の快気祝いとして、小さな酒の席がもうけられた。そこから離殿のあらゆる謎と嫁の話になったらこれだ。
気になるなら会いに行けと。できる事ならすぐに行けと。
「義姉さん、一度の文句も無いのよ。この4年間、一回だって」
「そうだよな。年末年始の挨拶もしに行かないし。修行中ならいざ知らず」
「………」
「ほら、兄さんは言われるとへそまがりなんだから。アカヤギの時だって、騎馬隊が来てくださったのは義姉さんが居たからでしょうに」
豪炎寺と春奈がまくし立てる。最初はやんやと言っていた円堂もそのうち鬼道に同情したのか聞き手に回ってしまっていた。
「文なら送った」
「だから何よ!威張らないの」
我慢できない、とでも言うように春奈が叫ぶ。何だってこう肩入れするのか。実は春奈は頻繁に兄嫁に会っていた。
それは兄が3年間の修行に出ている時からで、女兄弟に憧れがあった春奈にとって兄の妻はたとえ年の差がたった一歳だろうと、嬉しくてたまらない存在だった。
「兄さん、いい加減にして。兄夫婦仲がこれじゃあ、私安心して嫁げやしないわ」
これが利いた。
渇よろしくの一言と、何より大事な妹の気持ちを兄もさすがに無視できない。
豪炎寺と円堂は、忠告や説教を繰り返しながらも諦めていたふしがあった。鬼道にはひねくれたところのある。春奈の言う通りへそを曲げれば曲がりっぱなし。親しい相手にしか見せない幼さだが、このところはそんな面もあまり目立たなかった。修行のおかげかもしれない。


「快気の報告に」
「いらっしゃいませ」
残暑激しい昼下がり、鬼道は初めて離殿を訪ねた。
やはり馬屋には例の駄馬が居て、井戸の隣に寝転ぶ犬は優秀だったあの猟犬に見えた。
離殿は簡素な造りだった。
妻の屋敷なので、もちろん夫である鬼道が造らせた事にはなるが、完成しようと見には来なかった。本山の娘だからあまり華美にしなくてよかろう。その程度の指示しかしていない。なるほど。質素だ。しかし綺麗にされていた。
床は拭かれ、柱や梁にもほこりや煤が着いていない。しかし妙なのが廊下に置かれた草花の干物である。
草葉や木の実がざるや古紙の上にぱらぱらと並べられたり盛られたりして点在している。一体何の意味があるのか。
また時折猫がひなたに寝そべり胴が廊下を横断しているのでしばしばそれをまたがねばならず、やたらと庭におりてくる野鳩や軒にぶら下がる木管なんかに目を奪われた。
「これは?」
「それは姫様がお作りたもうた風を利用する楽器にございます」
「楽器とな」
「はい。風が良い具合にふくとかろかろ鳴って、耳良い音が聞こえまする」
「はあ…そうか」
作った?
普通、等位の高い家の娘には“作る”という事はありえない。それは料理だろうと糸縒りだろうとよっぽど変わり者で無い限り、自分の手で何かを作るということは、まず馴染みが無いはずだ。
「因みに申し上げますると、そこの干物も全て姫様が。あちらにかわかされております布も、姫様が織り、染めた物です」
案内を務めるカメ(主に家主の奥方の身のまわりを世話する女性)は非常に無愛想で、冷たかった。普通ならむっとするところだろうが、あからさまなのでただ面食らう。
「姫様はこの先のお庭にお出でです。旦那様のおからだの事を聞いてから、とても心配なさっておりました。さぞお喜びになられましょう」
「そうかね」
「まぁ、それ以上に驚かれることでしょうね」
すぱりと言って、そのカメは下がった。鬼道はちょっと首をかしげるが、確かに、と思う。
カメらはどちらかといえば奥方に仕えているという意識が強い。母上のお付きのカメたちもそうだった。家の長よりも場合によっては奥方を支持する事が多い。
先ほどのカメもそうであろう。まだ17、18といったところか。しかし主人を睨むとは見上げた度胸だ。4年の歳月を恨まれているらしい。

「あっ、ねぇ見て、桔梗がほら。綺麗に咲いた…」

廊下を直角に曲がって、鬼道の前には庭がひらけた。
青々とした、色とりどりの世界!
その真ん中から子供が飛び出し、両手に抱えた花を披露する。
誰がこれを一等の家にやってきた大御本山の娘だと思おう。
鬼道の妻は日焼けして、ヤギと鶏のうろつく庭で土まみれになっていた。

「あらやだ!旦那様!」

捲られた裾、たすき掛けの袖、白刺繍のベール、土まみれの手。
逆光を受ける細君を認め、鬼道はまざまざ打ちのめされた。



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