※ 存外ファンタジック注意



離殿は垣根に囲まれ、深い藍色の屋根をしている。石柱が入り口の左右に立ち、灰色の石畳が屋敷に続く。
なんの遊びもない鬼道邸の敷地の中で、離殿は隅でも素朴で柔らかい、不思議な懐かしさを感じさせた。
大嫌いな離殿。
垣根には花が咲いていた。それがぼろぼろと落ちて、布を広げたように鮮やかである。

いつの間に!

それが鬼道の印象だった。

鬼道にとって離殿は、重たく鬱陶しい、宗教や家督や政や、いろいろな人の思惑や企ての、まとわりついて振り払えない、そういったものの象徴だった。屋根が藍色で暗いのも嫌だ。
そこにおさめられている、静かな子供も嫌いだった。子供らしさの無い愚鈍な雌。それが強いられた妻なのだ。
今日、久々に見た離殿には花が咲いていて、屋根は輝き馬が居た。杏の木には鳥が巣を作り、玄関先の日陰には犬。果物が軒下にぶら下がり、あれは保存食を作っていたのだろうか。
つるが巻き付いた小さな井戸。使い込まれた木桶。ひしゃく。打ち水された石畳には、控えめな苔がむしていた。

「本家の駄馬だ」
「去年の春の?」
「間違い無い」
「たしか処分したとか言ってなかったか」
「そのはずだったんだが…」
うっかり離殿のそばまでふらふら出ていったものだ。
面倒なことに、庭先に無造作に繋がれていた馬に見覚えがあった。
去年の春、見限られたどうしようもなかった駄馬だった。本家で飼われていたが言うことはきかないし脚も遅ければ人を乗せるのも嫌がるので、荷引きにしようとも考えられたがそうなると動こうとしなかった。これでも親馬は優秀で、年はとったが働き者なのだ。それで期待があった分、このどうしようもない馬にはがっかりさせられた。処分と決まっても仕方ないとさえ思ったものだ。
それが生きていた。
「なぜ」
「おれが知るかって」
「どういうことだ」
「だから、知らないってば」
円堂が珍しい果物を見舞いに持ってきてくれた。最近円堂家長の祖父の代理で本山に出向き、その土産だという。家の者から馬番から、下女の分まで持ってくるのでこういうところが好かれる理由のひとつであろうと感心した。
「あそこ、奥さんいるんだろ。会いに行ってきけばいいじゃん」
「ばか、今さら何だって会わなきゃいけないんだ」
「だって誰も知らないんだろ。馬の経緯を。そしたら仕方ないじゃないか」
円堂が持ってきた果物をかじる。甘酸っぱい。馴染みの薄い味だった。
「病気の加減がよくなったからって、あいさつに行くのはどうだ」
「行きたくない。あの家には全く関わりたくない」
「わがままめ」
鬼道は果物をしげしげ見た。似ている。離殿の軒下にぶら下がっていた物と似ている。
そして鬼道はもうひとつ大変な事に気が付いた。日陰で寝ていた犬。あれはもしや脚を折って山に捨てられた鬼道家の猟犬。
「………」
「話もしたことないのに、そんなに嫌煙するのはよくないぜ。無理矢理の結婚だったのは知ってるけどさ」
「………」
猟犬、駄馬、どういうことだ。
鬼道はもう円堂の声が聞こえないくらい考え込んでいた。



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