「いや、実際あれはビビったわ」
「良い音したな」
「せいせいしたな。さすが源田」
「うるせぇバァカ」
夏休みに入り、不動は学校の夏期講習に参加していた。
勉強なんかしたくは無いが、一学期の成績の悪さが彼の不安を揺さぶったのだ。
「何回も蒸し返すなデコ」
「あら?恥ずかしいのアキオちゃあん」
「死ね」
「仲良しだなお前ら」
夏期講習にはバカしか来ない。不動はそう思っていたが参加者の面子を見るとそうでも無さそうだ。確かにそこらの学習塾や予備校よりも帝国の講習は質がよかろう。狂ったように机に向かう有名な秀才たちの鬼気は凄い。
「しかし佐久間が参加しねぇってのは意外だな」
「うっせぇハゲ。話しかけんな」
「お前らホント仲良しだな」
一緒に大会を戦い抜いた戦友、辺見と咲山が前後の斜めに座るその間に不動はどかりと腰かけた。当然辺見からはあっち行けだの失せろだの。咲山は睨んでくるし、でも不動は全然堪えない。これが普段からの接し方だった。
「佐久間今年はどっかに短期留学するんだっけ。ドイツだかに」
「そうだっけ。イギリスじゃなかったか?」
「なぁ、問4てなんになった?」
「不動、お前何のために夏期講習参加してるんだよ。自分で考えろ」
「チッ」

サッカーを続けるなら、成績を上げなければならない。
3年の後期には、もう部活が無いからだ。
特待生には常になにかしらの評価が必要になる。学校側に利益がある生徒だからこその特待生なのだから。それは明確に項目があるわけではないが、例えばそれこそ部活動での活躍や、試験で良い成績である事。芸術面で秀でた才能を認められたり、社会的な活動に精力的であるでも良い。
不動においては芸術のおぼえはひとつも無いし、手っ取り早いのは成績の上位獲得と維持。高等部進学を希望しているが毎年2、3クラス分は落第するらしい。編入試験さえ通ってしまえば受験なんて無縁だと思っていたが、甘かった。
(普通と思うと苦労する…)
つくづく佐久間の言葉が染みる。


予選を2位で突破した帝国学園はその後本選2回戦にて因縁の相手である世宇子と当たり、私情と恨みと奇妙にまとまりを見せはじめたチームワークで勝利をおさめるも試合後のチームは険悪で、とても勝利したとは思えない罵詈雑言が飛び交うのだ。
叫ぶブレイン、反する駒、おさめる長、笑う参謀。
いよいよ明日、雷門との戦いという日にさえ、チームは喧嘩を繰り返し、時間切れのPK戦にて惜しくも準優勝となった。
それでも喧嘩三昧だった。

大会は終わり、3年生は部活引退が一般的だが帝国では継続が可能である。
ただし参加できるのは高等部の練習。体制の崩れた中等部の活動とは違う、本物の“部活動”に毎日へとへとになる。しかし環境は良質と言えた。
「お前本当に地元帰らないの」
「帰らねぇよ。辺見しつけぇ」
「だってかーちゃん1人なんだろ?いいわけ?それに彼女は?地元で待たせんの?」
「うっぜ」
「夏休み会えるの楽しみにしてんじゃねぇのー」
「………」
寮に、一般人用も何も無い。
すっかり住み慣れた寮部屋は確かに佐久間が言った通り良い部屋であった。古いは古いが、赴きがある…ような気がする。
辺見が言った“彼女”とは、もちろん手紙のやりとりがあった遠距離交際の彼女である。地区大会の応援に来ていた。
来るだなんて一言も聞いていなかった。驚かすつもりだったのだろう。しかし不動にはそれがひどく迷惑に感じられた。
寮の部屋に入れる事も拒んだ。おそらく手紙はもう来ない。
大事だと思っていた相手を一瞬でゴミ同然に思える自分は、たぶん人としてろくでもない。
自分でもこの心理は不思議に思えた。
(遺伝かね)
父親のことを考える。
それから、母親にもそういった面があると思った。
(どっちにしろ、なんにせよ俺は…)
佐久間の顔が浮かんで、微笑む。それもいつかゴミみたいに思う日がくるのだろうか。気付けば2週間佐久間に会っていない。

夏休みが半分過ぎて、久しぶり源田に会った。
幾分か日焼けした彼は不動に気付くと嫌なものをみつけた時に相応しい目付きで不動をにらむ。
「久しぶり」
「何か用か」
「別に」
「じゃあ話かけるな。気分悪い」
「お前ってほんとにバッサリした奴だよな。感心するわ」
不動は源田を気に入っていた。理由はだいたい鬼道と同じ。徹底した暴力から知り合った2人の間に和解があるのも変だと思う。
「うるさい。ついてくるな」
「なぁ、お前も進学?」
「……」
「なぁ」
「うるさい」
わかってる。佐久間がおかしいのだ。
源田に許される日はこないかもしれないが、佐久間に恨まれる事を想像するとぞっとした。
「明日、練習来るか?」
「うるさい!」
「なんだよ、めんどくせぇな」
「………」
そのまま源田は行ってしまった。不動を殴った時さえも怒鳴ったり叫んだりした事が無かっただけに珍しい。この頃には源田も不動に真摯な態度を求める事は無駄だと諦め、あきれていた。“仕方の無い奴”くらいの扱いに成っていたのに。
いずれこの日の源田の態度の理由が不動にもわかる日が来るが、この時は特に気に止めなかった。

佐久間は夏休み中一度も姿を現さず、大きな決断をして帰ってくる。
しかしそれを周囲に知らせる事なく、知られる事なく中学生活を終えた。
秋までの間にまた髪を伸ばし、世界大会のあの時の姿で卒業を迎える。

それから二度とボールを蹴らなかった。




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