※ 存外ファンタジック注意



アカヤギ討伐からひと月経って、鬼道は体の調子を崩した。
籠熱という、春先に流行る風邪のような病だった。
大抵は冬場に十分な栄養を摂れていなかった事が原因で、子供がよくなる。大人がかかると治りがおそく、下手をすると肺を病む。本山に援軍の御礼に参じ、戻り次第の事だったので、疲れたのだと薬師には言われた。
「堂で一泊くらい休んでから戻れば良かったのに」
「いや、…うん」
「どうせ嫁のことでばつが悪いんだろ」
「………」
豪炎寺と、つい十日ほど前に修行から戻った友人の円堂が香を焚いてくれた。この地域では香を焚く事は手厚い病床見舞いになる。
「結局誰が要請したのかわからず終いなのか」
「偶然なんかで知ったんじゃねえの?」
「お前、相変わらずだなあ…1年ぶりだけど、ちっとも変わってない」
「え、それほめてるの?」
円堂は明るく、繊細さには欠けるが情に厚い男だ。家の等位も人柄も全く違なるが3人は昔から仲が良かった。
同じ頃に修行に入る予定だったのが、円堂家長の祖父が体を壊して長らく床に臥したので、彼がその代わりを務めていた。おかげで修行には1年半も遅れで入り、今年ようやく戻ったのだった。
「それで、そのアカヤギは、埋葬してやったのか?」
「いや、そのままだ。自然の成り行きのままが良いと思った」
「そうか…」
「で、円堂が腰を折ったが、騎馬隊要請の話、長老会もあの様子では違うだろう」
「ああ。しかし早馬で本山に行って、更に援軍が到着するには時間が」
鬼道がふつりと言葉を途切らせたので、つられて2人も黙った。下女がもてなしのお茶と芋のお菓子を運んで来たが、微妙な沈黙が不審を煽るような気がしたのか円堂は急に部屋の装飾品や飾られていた花なんかをほめ出した。
「うわぁ、この花、綺麗だな」
「え、ああ、そうだな、うん。珍しい花だな」
「な、もう春なんだなぁ」
「ああそうだな」
下女は2人のぎこちない妙な会話を割る事はせず、鬼道に体の加減や部屋の温度やらの具合を訊いて下がって行った。
「で、仮に誰かが本山まで報告に行ってたとして」
「おれ、変に思われたかな…」
「安心しろ。今ので俺も変人になった」
「聞けよ」

鬼道が不思議に思うのは、あの狩りそこねの騒ぎが起きて直ぐ様誰かが本山まで報告に行ったとしても、援軍到着までの時間があまりにも迅速過ぎる事だ。そして誰も名乗り出なければ、本山の方もそれに触れないし答えない。意味がわからない。
あまり深く考える必要は無いのだろうか。円堂の言う通り、奇跡のような偶然が起きたと思ってしまえば良いのだろうか。
「鬼道、まぁ気になるのはわかるけど、そろそろ休めよな」
「そうだな。あまり起きているのも身体にさわるだろう」
「病人扱いするな。平気だ。籠熱くらい」
出された菓子を平らげると、円堂は休めよと念をおして立ち上がる。

「…俺は嫁が怪しいと思ってるんだが」

円堂が退室するのに続きながら、豪炎寺は意味深に笑って去る。
「えっ…」
「じゃあな。おやすみ」


失念していた……

里と本山との最も大きなつながりは、まさに鬼道家に嫁いだ顔も知らない嫁である。しかし嫁は離殿から出られない。狩りそこねの事も知らないはず…
(…豪炎寺…)
妹が居た!ならば可能性は無いわけじゃない。つとめに来ている豪炎寺の妹から件の話を聞いていたなら、いち早く使いを出して…
だが彼女が出す使いならば自ずと鬼道家の伝令係になるだろう。でもあの時は近隣の里へ狩りそこねが出た報せに出ていて、皆1日足らずで戻っていた。やはり説明は難しい。
ならば本山の僧たちが信じている神通力のようなもので?くだらない。ますますありえない。

鬼道の熱はしつこく長引き、とうとう夏の入りに肺に至った。



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