※ 源田(主将設定)と佐久間
※ 幼なじみ(主従無し)
※ やたら長い





大怪我をして、死にかけて、何とか立てるようになって、真っ先に駆け付けた先がここというのは彼女らしい。が、複雑だ。

「佐久間。部活復帰はもう少し先でいいんじゃないか」
「手伝いに来てるだけなんだから復帰って言わないさ」
「でも……まぁ、…無理はするなよ」
「わかってる。ありがとう」

わかってる、か。本当だろうか。

佐久間は練習中、部員の動きを観察し、プレーの改善点や伸ばすべき長所などを書き記す。練習が終わると部員はベンチに群がり奪うようにそれを読んで自分の動きを振り返る。
すると今度はその間にボールを集めたり、練習場の照明を落としに行く。

松葉杖を突きながら。

「佐久間!無理するなって」
「平気平気!」
「ボールは、みんなで今、片付けるから!」
「じゃあ照明消しに行く!」
「それも今やるから大人しくしてろ!」
松葉杖だがフットワークの軽さは侮れない。
しかし芝の上でぴょこぴょこと走り回る彼女は、痛々しくていじらしくて、正直見ていられない。じっとしていられないのはわかるが、こちらの身にもなって欲しい。
「なんだよ、体なまるだろ」
「適度に動くなら止めないけど、お前は度を越える」
不機嫌な声だ。おそらく、眉間に皺を寄せて口を尖らせているか、頬を膨らませている。ボールを拾いながら源田は思った。
「先輩1年呼んで下さいよ!拾います拾います」
「1年とか関係ないさ。皆率先してやればいいんだが」
「皆まだノート読んでますよ」
「まず片付けて欲しいな。でないと佐久間が無理をする」
走ってやってきた成神も屈んでボールを拾いながら、そうっすねぇとしみじみ言う。
「なんだよ、無理なんかしてないって」
「それはどうでしょうねぇ」
「本当に!」
「それはどうでしょうねぇ」
「源田まで!本当に無理なんかしてない。痛かったらやらないし」
源田はため息をつき、成神は先程のセリフをもう一度繰り返した。佐久間はますます不機嫌に、惜し気もなく綺麗な顔を歪ませる。


片付けを終え、着替えて練習場から出ると佐久間がベンチに座って待っている。左足はブーツ、怪我をしている右足はサンダルをはいている。形のいいすらりとした足が包帯にくるまれているのは、いつまで経っても見慣れなければ、受け入れ難いものでもある。
「足、寒い。やっぱり帰りだけでもジャージはこうかな」
「ジャージなんかはいてみろ。それこそじっとしてられないだろ。駄目だ」
「ケチ!防寒なのに!」
佐久間が立ち上がる間に彼女の鞄を持ち上げる。異様に軽い理由を知っている。
源田が登下校の荷物持ちを強引に始めたためにせめてとこうして荷物を少なくしているのだ。
お互い優しくし合うのが当然なのに、当然過ぎて、踏み込めない。

源田は長いこと佐久間に思いを寄せていたが、それよりも長い友情を裏切る気がして伝えることができないでいた。

「最近、皆動きが良くなってる。ノートの効果だろうな」
「本当?やった。でもなんか、悔しいなあ」
松葉杖を突いているので、声が揺れて、息が上がる。
「悔しい?」
「置いていかれる気がするよ」
その言葉にどきりとする。彼女はおそらく、チームの中でも随一に意識が高い。
自分に厳しすぎる気もするが、彼女の努力は戦力だ。部員は皆彼女の姿勢に刺激され、触発され、高みを目指す。層の厚いサッカー部で、惰性が無いのは彼女の存在が大きいと源田は考えている。
「焦るなよ。大丈夫だ」
「…わかってる。自業自得なんだから」
そう言って包帯の巻かれた右足を振り上げる。
「お前…スカートだろ!」
おそらく正面に居たら下着が見えただろう。
「急にでかい声出すなよ!びっくりしたじゃねえか」
「言葉遣い。あのな、お前は、女の子なんだからな」
「へーえふぅんそうなのー?」
よくもこんながさつで粗暴な女に惚れたものだ。度々につくづく思い、それでも好きだと思い知る。確かにこんな彼女だが、意外に女性らしい面もあるし、下品に見えないから不思議だ。

「早くボール、蹴りたい」
ぽつっと空いた沈黙の間に、寂しそうな声で呟く。毎日よく耐えているが、本当に辛いのだろう。泣き出してしまいそうな声だ。
「焦るなって。
しっかり治して…」
「わかってる。わかってるよ!」
我慢も限界だな。心配をはね除けるようなことは決してしない佐久間が声を荒らげた。苛立っているのだろう。
「辛いだろうけど、ここでしっかり治さないと歩けなくなるぞ」
「…わかってる…」
「ふうん、さぞかしよくわかってるんだろうな。駄々をこねても仕方ないって」
意地悪を言われて佐久間は驚いたようだった。立ち止まり、源田を見つめる。
「……わかってるよ…」
やりすぎたか。泣き出しそうな顔でこちらを睨んでいる。
「…行くぞ」
「…悪かったよ…もうわがまま言わない」
悪いのはこちらだが。こういうところも、実に好きだ。

「佐久間、マネージャーにならないか」
意地悪の続きと思ったのか、佐久間はまたぴたりと止まる。
「マネージャー?どうして…?」
「…怪我がな」
「治る」
「治っても、サッカーできるかわからないじゃないか」
「できる…!」
「現実的に考えろよ」
わななく声はまるで自分を鼓舞するように聞こえる。不安なのはわかっている。何も嫌がらせで言っているのではない。
「やってるうちに、本当に歩けなくなるかもしれない。それどころか立てなくなるかもしれない」
「……源田…?」
「お前は分析が上手いし、努力したって、公式戦には出られないだろ」
残酷なことを言っているとわかっていた。
「けどマネージャーとしてチームの力を引き上げることは出来る。時々は練習に参加してもいい」
佐久間は暗がりでもわかるほど、血の気を失った顔色をしている。打ちのめされている。
「それで、いいじゃないか。佐久間。今までよりずっとチームのためになるんだぞ」
「………」
「佐久間」
「………」
佐久間は表情を変えず、何も言わず、また歩き出した。呼び掛けても答えない。傷つけるとわかっていた。
この反応も、覚悟していた。
だけどたとえ嫌われても、佐久間が泣くのは嫌だった。


一切口をきかない佐久間を、送り届けて帰った。

身がちぎれそうだった。







「佐久間先輩、今日元気ないですね」
「…そうだな」
「足の調子よくないんですかね」
「…さあ」
「なんですか先輩くらっ、2人とも暗い。こんなのオレ嫌っす」
成神の嘆きには少し元気付けられた。

佐久間は部活には来たが、いつものノートも開かず、終始フィールドをぼんやり眺めていた。
練習が終わっても帰るどころか立ち上がりもしない。
今朝も迎えに行ったが、随分早くに出たようで避けられたのだとわかっていた。

「……知ってた」

少し間を開けて隣に座ると佐久間が言った。
「なにが?」
「…心配して、言ってくれてるんだって。でも、言われたことは辛くて、今朝はごめん。会いたくなかった」
言動に幼さはあるが、佐久間は基本的に考え方が大人びていた。
腹を立てて拗ねることもなく、自分の非も認める。
「不安なんだ。これでも。こうして部活に来て、少しだけでも携わっていれば、いつか戻れるって思える」
2人は並んで青い芝のフィールドを見ていた。
「無理なんかしてないって思ってたけど、本当は無理してたのかもしれない」
「うん」
「…だけど、諦めろって言われるのは、それだけは、どうしても……」

彼女の気丈を知っている。

泣かないし、弱音も吐かない。絶対に。その彼女が泣いている。
積み重なった不安と恐怖をこともあろうに親友から再認識させられた気分はどんなに酷いものだろう。献身的に支えてきてくれたはずの長年の友が諦めろと言った。
裏切られた気分だろうに、彼女は俺を全く責めない。

許されなくてもいいという思いを、彼女もまた、裏切った。


「佐久間」
「はい……」
掠れた涙声。震えているのはきっと必死に、涙を堪えているのだろう。
「…佐久間」
「……なに…?」

俺は今、もう一度彼女を裏切る。
許されなくてもいいと思って。

「好きだ」

あわよくば、あわよくば許してくれ。信頼を裏切るのは、友情を断ち切るのは、俺だって辛い。辛いんだ。
だけど、果たしてこの思いを秘めたまま、このままやっていくよりは、きっとずっとましだろう。
覚悟の上に言ったのではなく、もはや背徳の重圧に耐えられず、ひた向きな彼女にたまらなくなって殆どこぼれるように言ってしまった。
源田は項垂れ、頭を抱えた。やっと思いを告げたのに、胸が張り裂けそうだった。


ややあって、佐久間がすっと、立ち上がる。松葉杖は置いたまま。
足下から何かを拾い、源田の方に体を向ける。

なにを言われても、きっと、仕方がない…

そう覚悟して目を閉じた。

瞬間、何が起こったかわからなかった。鈍い音と、頭への衝撃。

「つめっ…た、水?」

足下に転がった500mlのペットボトルから、だくだくと水がこぼれていた。
それを見て開栓した水のボトルを投げつけられたのだと理解する。
思わず顔をあげると、佐久間は2本の足でしっかりと立ち、顔は涙に濡れながらも、きっとこちらを睨んでいた。
「……佐久間?」
「……、そんなこと…」
見る見る顔が歪んでいく。
今にも、涙が…
「…、どうして…、今…」
とうとう顔を覆って泣き出してしまう。やめてくれ、抱きしめたくなる。
「佐久間…許してくれ…」
「、…く、ぅ…ぅー…」
「……好きだと……
言えなくて…お前は、俺を、友達だと…きっと今までずっと」

許されなくてもいいと思って言ったのに、友情が断ち切れるのは辛抱ならない恐怖だと勘が叫んだ。
恋は実らなくてもいい。心が離れるのはやりきれない。

頭からかぶった水が体温を奪っていく。でもそれよりも杖を突かずに立つ彼女の足が、今にも崩れてしまいそうだ。

源田は水を滴らせながら、ゆっくり佐久間に近付いた。
指の隙間から甲を伝ってはたはたと落ちていく涙は、キラキラと光って本当に綺麗に見えた。その間にも伝う涙が落ちていく。
思わず、その手の甲に唇を押しあてた。涙がこぼれてしまうのが、ひどく惜しい気がしたのだ。

途端に佐久間は手を開いた。目も鼻も真っ赤で、左頬だけが濡れている。間近で見るとその眼が透き通るように光っていて、ここからこぼれる涙なら、輝いていたのも当然だと納得した。

「……なに…?」
「ごめん。なんか、もったいなくて」
「……?」
何が悲しいのか、涙は止まらない。次々と溢れて、顎に留まり、落ちていく。
「…綺麗だな、お前…本当に…」
「…?…なに、…どういう…?」
「好きだと言ってる」

力一杯抱き締めても、頬にキスして目をなめても、
佐久間は戸惑いながら拒絶しなかった。
箱入りな上に部活一筋にしたってこういったことには知識も経験もからきしだと知っていて、俺は図に乗り抱き締めながら、彼女が泣き止むまで涙に接吻し続けた。


結局、返事も得られず、水を掛けられ事は終わった。
佐久間は何も言わないし、態度も何も変わらない。
だけどいい。
彼女は俺の裏切りを許し、告白を拒まなかった。
今はそれで十分に思えたし、関係を恋人に、という願望も今のところは特にない。今のところは。

欲しいかと言われると、それもまた別の話だと思うのだ。


それに何も変わらないわけじゃない。少なくとも彼女に俺の恋を思い知らせた。

自分のせいで泣いてる彼女を抱き締めて、ああ、好きだと更に落ちた。








2011.06.02












***

好き!私も!ゴオオォォル!!
っていうの好きじゃないっていうひねくれ。主従無しの幼なじみ源佐久♀だと非常に 男女! って感じになるな…不思議。
実は3月に考えてたので冷えきって息も白いようなフィールドを想定しています。長すぎてボツにしてたけど修正して御蔵出し。




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