『あいつ、まだ髪短いの』

これは受験当日、駅に迎えに来た鬼道に不動がいの一番に言った言葉だ。
『…ああ、そうだな』
『チッ、似合わねえんだよ』
『………』
鬼道の中で、不安がむくりと頭をもたげだ。この取り返しのつかない時に。
よっぽど、やっぱり帰れと言って送り返してやりたかった。
「返してやれば良かったんだ」
源田は鬼道を睨むように見据え、唸るように言った。
「悪かったよ」
「お前、考えなしというか、楽観的なところがあるからな」
「すまなかった」
「謝るなよ。俺が悪者みたいじゃないか」
「………」

現在、帝国サッカー部の主将は源田がつとめている。部活といえど巨大な集団なので、帝国で“主将”というのは一軍のまとめ役のようなもの。“その他”のリーダーは各々なんとなくその役を買って出る者が行っているような状態である。
向かない、と言いながら、源田は今日まできちんと役務をこなしてきた。
指導者としての監督が存在しない帝国サッカー部では、一軍のコーチとレギュラーメンバーが全てのことを決め、行っている。コーチと言っても順々に通って来るOB会のボランティアなので、指導経験は無いに等しい。帝国サッカー部の過去のどの世代より、苦労はひとしおなのである。
「佐久間が居なければ、俺たちたまったもんじゃない」
「…そうだな」
「お前にわかりっこないさ。今言われて、はじめて気付いただろ。平和な奴だ」
「はは…厳しいな…」
「………」


『佐久間ァ!走れねえなら入ってくんな!』
『不動!てめえ!』
『ひっこめクズ!』
『…!』
辺見が不動に飛びかかり、もつれて転がる。殴る直前で佐久間が叫び、拳がとどまる。
不動は辺見を突き飛ばすように立ち上がり、何事も無かったようにまた練習に戻って行った。
佐久間は不動の指示について行ききれず、膝を崩した。その瞬間の怒号であった。
再三の戒めに関わらず、不動は佐久間への態度を一度きりも改めなかった。
部員の多くが不動に望む佐久間への態度は、罪悪を自覚し、敬い、労るものである。そのどれか1つでもいい。
しかし不動は佐久間に対し、横暴でわがままで、遠慮というものが一筋も無い。佐久間も言いなりというわけでは無いが、基本、人間が甘いのだ。周囲はもどかしく、歯がゆく、着々と鬱憤をためながら2人を見ていた。
そして、この頃不動はことさら佐久間に険しいのだ。
元から知っている佐久間以外の人間を、不動は知ろうとしなかった。人柄はもちろんのこと、何が得意で何が不得手か。体力値、癖や、選手としての力量。
まるで自分と佐久間だけがコートに居て、それ以外は敵のようにさえ振る舞うのだ。拗ねていた面もある。
あまりに皆、佐久間が佐久間がと不動に注意を下しすぎたのだ。
不動に対する接触は、本当にそればかりだった。一度たりともフォーメーションに自分を使えとかこうすればもっと良くなるだとか、そういった申し立ては無い。不動は段々腹が立ってきた。
もともと、他人を利用できるか否かで品定めする癖がある。大変高慢な癖ではあるがそのお眼鏡にかなわない限り不動から歩み寄る事はまず無いのだ。しかしここでは妙な事が起きた。
帝国の選手は能力が高い。不動が必要とする力を備えた選手たちが、そこらじゅうに転がっているようなものだ。
不動は最初、“これから”に大いに期待した。司令塔を欠いて長い帝国のチームを、もはや自分の物とさえ思っていた。最高に高揚するおもちゃを手中におさめた気分。やりたいこと、試したいことが山ほどあった。
理想と現実がかけはなれていることは珍しく無い。
不動なりに佐久間のことは大切にしているつもりだった。唯一の知人であるし、多少なりとも恩も感じている。しかし部員の言うことは全て、佐久間、佐久間、佐久間、佐久間。

「佐久間が居なきゃ、俺たちは実力の伴わない犯罪者みたいなものだと見られていた。見られ続けていただろう」
「そうかもな…」
「でもあいつが実力で代表に選ばれて、世界で活躍して、文句なしの勝者として戻ってきてくれた」
「ああ…」
「それが俺たちにとってどんなに……どんなにか…」
こうして、まるでなんの気兼ねも無く帝国へやってきた鬼道に対し、源田は絶句する思いだった。何か勘違いしているようだとさえ思った。
表面上気にしないふりをしても、複雑な気持ちはぬぐいきれない。去年のテロ騒動の際の、たった一度の謝罪を受け、多くの部員の中では鬼道に対するわだかまりが消えたのかもしれない。しかし源田の中には未だ肥大化を続ける痼として堂々たる存在感である。器が狭いとは思わなかった。多分一生許しきれないだろう。
「…まだ俺が許せないか」
「何故許されると思えるんだ」
「きついな」
「むかつくよ、お前」
源田は嫌悪を隠さない。昔から鬼道には今一歩好きになりきれない面があったが、それを都度に伝えてもあった。鬼道はそれでも構わなかった。嫌われようと信用が有り、認めあえているならそれで良かったし、鬼道は源田の人柄や、こうしておおっぴらにむき出しにされる表裏の無さに好感を持てた。
「あんな悪人、関わりたくも無いが、これ以上佐久間と関わらせておく事もできない」
「すまん。まぁ、あれでも、全くの悪人というわけでも無いのだが」
「やってくれたよ…鬼道。何故なんの断りも無く、……」
「…どうした?」
「……まぁ、…いつもの事か」
その呟きは鬼道の胸をずんと重くした。
鬼道には帝国に戻る気は無い。少なくとも中等部のうちは戻らないということは、進級の際に暗黙の了解とあい成ったであろう。そして無責任に部外者を引き込み、自分は特に関わるでも無い。まさしく最悪の事態に陥っているグラウンドにふらりと現れ、のんきに練習を見学していた。そこを源田に見つかったのだ。
2人は賓客用の控え室で話始めた。源田は燃えるように怒っていたが、終始至って静かであった。
「このままじゃ殴り合いの喧嘩になりかねない。特に辺見はやばい」
「…そうか」
「愚痴を言ってるんじゃないんだぜ。お前にも責任があるから喋ってるんだ」
「ああ…」
「もし佐久間が殺されたら、お前も恨むからな」
「お、おおげさだな…!」
ぎょっとしてつい笑ってしまったが、源田は真剣な顔つきだった。
「…ふっ、…わかってないんだからなぁ…」
「え」
「もういい。じゃあな」
源田は控え室から出ていった。鬼道はしばらく座っていたが、思い立って客席へ戻る。
まだ源田の戻らないコートでは、不動対部員の激しい言い合いが勃発し、芝に倒れて荒い呼吸でうずくまる佐久間。

浅はかだったと、ようやく知った。




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