不動が抱える問題のひとつは自分に大きく因する物だ。

相変わらず晴れ晴れとしない不動の心が痛ましい。
佐久間は不動にどれだけ歩み寄っていいものなのか、実はよくわからないでいた。
不思議な事に何故か今でも不動に嫌われたままであると思い込んで疑わなかった。だから不動の我慢の上で成り立っている関係であると信じている。無理をさせているはずだ。せめてクラスが分かれて不動は嬉しい筈なのに、先日部活の後で
『せめてクラスにお前が居ればなぁ』
と、言われて意味がわからなかった。佐久間は不動の全く予期せぬ場所に立ち、日々罪悪感と何も嫌がらない不動に不思議を募らせながら付き合っていた。
『…居なくて清清じゃないのか』
『他に知ってる奴居ねえからな。何かと不便だ』
ああ、なるほど。
ここに納得を置く佐久間の思考を不動は理解していない。
佐久間は不動が打ち解けられる相手を見つけたなら、適切な距離を取るつもりでいた。
“苦手な人間と無理矢理付き合わなければならない”状況は、精神的に不健全だ。不動が体調を崩したのは心労がたたったせいだろう。慣れない環境というだけでも辛いのに、ここは特殊だ。おそらく不動が今まで送ってきたであろう学生生活とは何もかもが大きく違う。学業も部活も過酷だろう。それに、部員の多くは何故か不動への態度に険があるように見える。負担を考えるだけで胃が重い。ただ耐えようとする性格だけは、佐久間も放っておけなかった。
(…部屋に戻ってもし寝てたら、帰ろう…)
編入を後悔させたくはない。でも自分に出来ることはない。
冷えた不動の体温を思い出すだけで、佐久間はどうしてもやるせなくなった。
(不甲斐ないな……)
テーブルの上に体温計とスポーツドリンクのボトルを並べ、買物リストのメモの裏に寮の事務所の電話番号を書いて置くと佐久間は帰り仕度をする。
自分が側に居ることは不動にとって良くない事だ。不調の体に苛立ちは良くない。
(よし、起こさないように)
「…病人置いて帰るつもりかよ」
「ゥワッ!…、起きて、おき、起きたのか…」
「薄情な奴だ…こんなに具合悪いのになあ」
不動の顔色は随分良くなって見えたが、佐久間が買い物に出ていた時間はものの数十分。十分に休んだとは言えなかった。
「…だから、もうすこし休むといい。良くなる」
「よくならなかったらどうすんだよ」
「え……あの、だからここに事務所の番号書いたから」
「はぁ?だから?」
「…………」
不動の言わんとしている事が全くわからない佐久間は、黙ってしまった。混乱のままぱしぱしと繰り返されるまばたきが幼くて、不動は笑う。やけに機嫌が良い。
「事務所の人間が何してくれるっつうんだよ」
「………」
「大体、会ったこともねぇ」
「え…そんな事無いだろ。寮の中掃除したりしてる…」
「他人だって言ってんだよ。全然知らない他人が部屋に居て、こっちは弱ってんのに。それで世話やかれたって……
つうかお前そのカッコのまま行ったの」
「え?」
佐久間は、なにか変な事があったろうか?とでも言うように、着たままのジャージをちょっと見た。≪不動≫と刺繍の入ったジャージ。不動はたまらず笑い出した。
「え、え?」
「アハハ、だっせぇ、マジかよ」
「だせえって…」
(自分のだろ…)
他人の名前が入ったお古のジャージを着て歩く、という間抜けさに佐久間は気付かない。不動は布団に顔を埋めてまだ笑っている。腹が痛い、と言いながら、枕を叩いたり涙をぬぐったり。
ちなみに新入寮生に支給された準備金をパアにしてくれるところだった寝具だが、頼んで佐久間に譲ってもらった。つまり昨年度まで佐久間が使っていた物である。
「はあ、はあ、殺す気か…」
「……なにがおかしいんだよ」
さんざん笑われても佐久間は不思議そうにするだけで、不服そうには見えなかった。その様子がまたなんともおかしい。
端からするとそんなに後をひく程では無いのだが、不動は後々までもこの出来事を思い出しては笑った。そのたび佐久間は不思議そうで、不動の笑いを煽るのだった。
「あー間抜け…」
「もう、具合悪いのにそんなに笑って。体に障るぞ」
「お前が悪い」
「なんでだよおっ」
「ブクッ…、クッ、クックック」
「………元気じゃん」

不動はその日夢を見た。

地元の海で、遊んでいる。
貝を拾い、砂を掘る。波打ち際で水を蹴り上げ、それが佐久間にかかるのだ。何故か2人とも幼い頃の姿だった。海は光り、天気が良い。
気持ちの良い目覚めを促す。
時計を見ると朝の6時だった。昨夜は眠るまで佐久間が居たが、今朝はもう帰っていた。きれいに畳まれたジャージを見つけ、また笑いが込み上げる。
不動はそれを着込み、ランニングに出掛けた。体調ならばすっかり良い。
帰宅すると台所に白粥を見つけ、風呂場にアヒルのおもちゃを見つける。粥を作る事と、おもちゃを買ってくる事。
不動は佐久間に会いたくなった。急激に佐久間という人間が、ひどく価値ある存在に思えた。
風呂から上がると粥をあたため、卵を落として食おうという瞬間。

『手紙が届いてた』

机に置かれた封筒を見つける。丸い文字で<不動 明王 さま>と記されている。粥を食うべきか、封を開けるべきか。
ちょっと考え、封を開け、粥を食いながら手紙を読んだ。




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