今時手紙で連絡を取り合う恋人同士というのも珍しいだろう。しかし不動は携帯電話を持っていない。それを不満に思うより自ら別の手段をとってくれている恋人を、不動は大切に思っていた。
恋人とは、つまり大会の後付き合いだした地元の元同級生だ。
可愛らしい柄の便箋に羅列する丸い文字が、不動を心配し、応援している。
気付けばここに来てひと月以上。ひと月恋人と会っていない。

思わぬところで様々な負担を得ていたらしい我が肉体と精神を、ようやく自愛しようと思う。
不動は自分を誤解している。
彼の精神は強靭かつ繊細だが、不動には強靭である便利な面しか見えていない。本当は気付いている。認めないのでちぐはぐなのだ。鋭い感性を持つからこそ繊細さを合わせ持つ心を、軟弱で儚いものだと思っている。恥だと信じている。抑圧するから負担になる。
「あれ、不動。お前背が伸びたんじゃない」
「……むかつく」
「えっ、なんでだよ」
「俺よりでけぇ奴に言われるとなぁ…なんかむかついた」
「あ、じゃあおれも伸びたってことかなぁ。なんだか比率は変わってない気が
いたァッ!蹴るなよ!」
「お前が悪い」
「もうっ、乱暴者」
佐久間は間違いなく不動の支えだった。
必要以上寄ってこないし話もしないが、どこでもかしこでも刺々しくされる最近では、穢れなき聖母は揺るぎない友人に変化した。
相変わらず不動には佐久間が時間ごとに区切られたそれぞれの人間に見えている。
世界大会を終えて今、もうひとり“大会中の佐久間”という人間が出来上がっていた。
思えば佐久間ほど人生の転機に関わってきた人物は居ない。
さすれば佐久間はますますの神秘を帯び、不思議な存在に思えるのに、日々彼はただの人間であり学校と自宅を往復するだけの背景の1人でもある。
きっと今が過ぎればいずれまたこれまでと同じように、“帝国学園の佐久間”が出来上がる。佐久間は相変わらず髪が短い。


「お前が入るとゲームが荒れる」
ある日の部活後、辺見が言い出した。辺見にとってはただの指摘だったが、不動には不愉快極まり無い言いがかりだった。
「…は?」
「技術は認めるけど、ゲームは下手なんだよ」
「………」
「仕切るんならもうちょいなんとかしろよな」
「不動、これ不動のタオルか?」
殴りそうだった。
佐久間が少し先から話し掛ける。拳をつくりかけていた不動は間一髪でその指をほどく。
「これ、ほら」
「あァ…」
「礼くらい言えねえのか」
「お前関係ないだろ」
辺見はいちいち刺してくる。不動には彼がそう見えた。
初日に繰り出された牽制が効果を発揮していたのだが、辺見の目論見としては外れている。
辺見は不動と佐久間が親しくなるのをなんとか阻止しようと思っていた。
すでに世界大会にて和解を済ませた2人には、特別な絆があるだろう。それでもそれ以上は踏み入って欲しくない。佐久間に。
いくら不動が佐久間に詫びても不動は佐久間を傷付けた。
佐久間だけではない。源田もである。部の中核2人がぎたぎたにされたのは、部活としてだけではなく、友人としても許しようが無い過去だった。多くの部員がそう思っている。それなのに不動の態度は横柄で、佐久間に関しては我が物顔だ。
佐久間が不動を許した以上とやかく言うのはしつこい気がして切り出せないが、佐久間はほとんど自衛しない。最も面白くないであろう源田は沈黙を決め込んでいる。それでも業務的なやり取りは行えるだけ源田は落ち着きを持っていた。
辺見はどうしても感情的になる。
「あ、そうだ佐久間。明日練習のあと暇だったらちょっと付き合ってくんね」
「あ…明日は…ゴメン。不動と駅の方に行く約束があって…」
「…あっそ」
「良かったら辺見も一緒に」
「行かねえよ。不動となんか」
「……そう」
こういう時、佐久間は大抵ちょっと悲しそうにするだけだった。
辺見ほど露骨にしなくても、部員のほとんどは不動に対して気に入らないよそ者を扱う態度そのもの。後輩でさえもそうである。
不動も歩み寄る努力はしそうにないが、お節介をやく場面でも無いだろう。もうすぐ最後の大会が始まる。

不動を帝国に誘おうと発案したのは佐久間ではない。鬼道が思い付いた事だった。
もっと突き詰めれば大会中代表チームを率いた監督である久遠の一言から来ている。
初めて“チーム”というものを得て新たな境地を見出だした不動を、また田舎の学校の部活の中で、くすぶらせるのは実に惜しい。大会終盤、久遠が響木と話しているのを鬼道は耳にして思った。同意見である。そしてさらに考えた。不動が帝国に来れば。
その時鬼道の頭の中では司令塔を欠いた帝国のチームが、また新たな、かつ別種の統率者を得て劇的に変貌を遂げる姿がありありと浮かんで見えた。勝手ながら心配はひとつも思い付かない。また自分は戻る気が無い。不動は鬼道のちょっとした思いつきに巻き込まれたようなものだが、鬼道は佐久間にもそれを話した。
祝賀会の後日、不動が急に帰ると言い出した日だ。
実家に閉じ込められていた佐久間に電話を取り次いでもらうのは、非常識なくらいに面倒だったが仕方ない。鬼道がどう説明したところで不動はうんとは言わなかったろう。
ところが佐久間は何も言わず、ただ要項を渡しただけだった。
『待ってる』
たったそれだけで、その一言だけで、不動は何もかも捨ててここに来たのだ。
それが一体どういうことなのか、およそ本人に自覚はなかろう。
それが鬼道にはおそろしいのだ。



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