もうすぐ命日です。
本来なら17歳になっている私ですが、ご覧のとおり16のまま、それなのにこの1年の時間をしっかりと体験してきました。
少しずつ思い出せる事が増えてきています。どこか一歩冴えなかった頭も、経過と共に鋭くなっているのです。私は序盤私のこの状態の認識を誤っていて、すぐに消えるだろうと思い込んでいましたが、それは間違いで、いずれ自我を失うかもしれないという思いつきも、今ではすっぱり否定されたようなのです。
すっかり忘れていたことさえ自由に思い出せるくらい、私の思考は解き放たれているのです。
そして私は五感を持ち、睡眠を必要とします。それも気付けばの事でした。

私はこのひたすら漂う存在として、この世界に溶け込みはじめているのかもしれません。はじめの頃は風が吹こうと、私の髪や服を揺らすこともなく、水に触れても石に触れても固形の空気に指がとどまっているだけのようでした。
今年の桜は見事です。
散る桜の花びらは、器用に私を避けて落ちます。私は触れる事は出来るけれど、拾い上げたり動かす事は出来ないのです。同様に、手のひらに何かを乗せる事もできません。私が桜の花に触れても、細い枝は揺れもしません。
私にこうして五感があっても何に影響を与える事もないのです。

毎日とても暇なのですが、私は私の意思に関係なく、ふっと場所を移動したり、いつ眠ったのかいつもわからないのですが、眠っている場合も多いので、それなりに時間は潰れます。
相変わらずとどまれる場所は限られていましたが、それもどうやら増えてきています。
人間であった手前、この状態である理由や意味を考えてしまいます。しかしそんなものは無いのかもしれません。もっと気楽にできればいいのだけれど、宙ぶらりんというのは、やはり落ち着きません。
だけど不思議と心細くは無いのです。

今さらの紹介ですが、私は女子で高校生でした。自分の姿が見えないので、おそらくですが今も制服を着ています。
好きなものは、サッカーとどうぶつ。植物と本。紅茶、川、数学、春、落日、学校、チョコレート。
懐かしく思えど、口惜しくは感じません。好きな人も、たくさんいます。だけど会いたいとは思いません。

「もう、受験か。早えなァ」
彼は辺見といって、私が好きな人の1人です。
本日の移動も唐突です。
彼とは長い付き合いでした。生涯の半分以上を、彼は友人として付き合ってくれました。すぐに悪態をつく癖がありますが、とても優しい。その辺見の隣に並んでいるのが、咲山です。
「学外受験するのか?辺見」
「いや、考え中というか」
「言ってみただけ?」
「なんだよ、一貫組だって、受験あるだろ。一応さ」
咲山も私は大好きです。
辺見とは対照的に、口数が少なく穏和な話し方をします。咲山とは中等部から親しくなりました。物事を、少し変わった視点で捉える素敵な目を持っています。
「受験…まぁ、一応な」
「簡単じゃないんだし、落ちる奴だって多いんだから受験て言ってもいいんじゃねぇの」
「おれは面接の方が嫌だな…」
咲山もとても優しいです。
でも、女の子からは恐がられます。寡黙が恐く見えるでしょうか。もしも私も彼を恐れて深く関わらなかったとしたら、それはとても損に思えます。
「はは、お前、普段からあんま喋んねぇから」
「普段より面接の時のほうが、おしゃべりだろうな」
「ひひ、そうかも」

楽しそうな2人を見ても、そのおしゃべりに参加したいとは、思いませんでした。

2人が元気に歩くその姿だけで、私は非常に幸せでした。
2人は未来の世界に居ます。私はただの死者なのです。
辺見の耳にピアスがひとつ増えています。咲山は髪を短く切り、声がより低くなったように聞こえます。
「1年経つんだな」
ふと会話が途切れてから、辺見がぽつんと言いました。
舗装工事の信号が、2人を少し赤く照らします。もうすぐ夜。今日は寒いのか辺見が身震いし、肩をすくめました。
「…そうなるな」
咲山もそれだけ答えると、2人は急に静かになります。
誰にも会おうと思わなくても、会ってしまえば離れがたいのです。私は2人から2、3米の距離をとって後ろをついて歩いていました。
「成神が、こないだ墓参りに行ったって。やっと行けたって言ってたよ」
「ああ、あいつ、納骨には来なかったもんなァ」
「気持ちはわかるよ。なんだか…」
信号が青にかわり、2人は立ち止まったままです。繊維のこなれた制服の継ぎ目が、衣類にあるまじき反射をします。
「…決定的だよ。墓って」
「………」
「会いにいってやりたいと思うんだけど、淋しいじゃないか」
「………」
「おれはもう見たくないね。あいつの名前が彫られた墓石なんか、気がおかしくなりそうだった」
「………」
咲山がよく話す時には、辺見は黙る事が多く、私は2人がどんな時でも、聞き役で居ることがほとんどでした。
意識していなかったのですが、私は自分に関わる事を、をあまり話さなかったらしいのです。言われてみれば自分の事で、人様に話し聞かせるほどのたいしたような話題も無いのですから当然でした。それでも2人は突然なにか話せ、と要求してくる事があり、そんなときには思い付かないながらも、自分の生活の一部や、ふとした時の考えなどを話してみるのです。
そうすると2人はよく笑いました。
感心したり、褒めてくれることもありました。
私はそれがとても嬉しかったと、彼らに伝えた事はありません。嬉しい。楽しい。そういった気持ちは、私だけしか知らないのです。

「命日か…口に出すのも嫌な気分だぜ」
「まったく、なんだって、死にやがって、あいつ」
誰の事ともわかりませんが、結構な言い様です。それは故人にはいささか厳しい言葉ではありませんか。
「死にやがって…」
「そうだな…あの、ばか」
「………」
「………」
「………夢みたいだな」

死が人に与える感情は、実にさまざま、多種多様です。
私はそこで立ち止まりました。
彼らがおしむ故人との思い出を、許可なく立ち聞きするのは憚られると思ったのです。
しかし彼らは言いました。

「佐久間、あの、ばか」
「ああ、本当に。あのばか、死にやがって」

どうやら、聞いた方が良いみたいです。




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