私は私の通夜や葬式に、あまり興味がありませんでした。
辛くも悲しくも無いのですが、おそらく不釣り合いに豪勢な葬儀が出されていたのだと思います。
自分自身の葬儀というのに肩身の狭い思いがしました。私の死体の片付けに、そんなにお金を掛けてもらうのは申し訳ないと思うのです。それで行きたくはありませんでした。
その時はまだ、死体が燃えれば私の漂う意識も、瞬く間にも浄化して消えるかもしれないという幻想を抱いておりました。なので私は期待を込めて、私のけむりに手をすかしたりその渦を切って遊んだりしました。
さぁ今か、と思っていました。
でも実際は何も起きず、はしゃいだ自分がばかなだけでした。
その後はいっきに興味も削げて、実家の裏庭に植えてある古あじさいの咲き具合を見に行きました。飼っていた犬に見つかりましたが、犬に触れる事は出来ず、犬も私に触れる事が出来ず、鼻を鳴らしてまわりをくるくるまわるのです。こればっかりはたまりませんでした。雨が降っているのに犬は私の側を離れず、やがて私の方から去らねばならない刹那の痛みは、私を実家から遠ざけるのに十分でした。
犬がその後どうなったのか、薄情にも1年ほうっておいて気掛かりです。

自分の墓も法事も盆も、どうにも興味が持てないので、一度も訪ねておりませんが、1年経った今になって、考えもしなかったものを見てしまいました。
私の享年と同い年になってしまった後輩が、霊園の前で突っ立ったまま泣いていました。
私はもちろん心配になって、何事だろうとあせる思いでしたが、私が近くに寄ってしまうと余計に心が乱れる事を重々承知していましたので、ちょっと離れて、見ておりました。
彼は背が伸び、私の身長を越えていました。いつか、先輩の背を越しますよ、と宣言していた事を思いだし、懐かしくなります。彼は無邪気で、人懐っこい人でした。彼にはあっさりとした軽やかな態度とは裏腹に、努力家で芯の強い人だという印象があります。一方で人を拒絶しがちな面もありました。弱みを見せるのが嫌いなのです。
然らば、涙なんて、もってのほかだと思っておりました。
彼は1人で立っていました。
誰か、ちかしい人が亡くなったのかもしれません。
私には彼をつかの間笑顔にする力も、ただそばに居てあげる事さえも出来ないのです。はがゆさが悪寒のように走り、今すぐに消えてなくなりたいと、ますます強く思いました。

彼は霊園に手を合わせると、中には入らず去って行きました。
苦難と戦う痛ましいような姿でしたが、再会と思うと嬉しいものでございました。
心配ではありましたが、強い子です。過保護にするのはよしておこうと思います。

そういえば、私は私が何処に埋葬されたのかを知りません。
私に関する事は一様にどうでもいいのですが、霊園を覗いてみる事にしました。もしかしたらお仲間が居るやもしれません。
霊園は共同の墓が多く、ゆるい勾配とひたすらの平野が続いております。真ん中にはどうにも墓地にはそぐわない、不思議なオブジェが建っていました。モルタル製の、少し苔がついたオブジェには、寄贈、と彫られていましたが、私は今日まで気付きませんでした。
この霊園には馴染みがあります。
学校からさして遠くないのと、道路を挟んで市営図書館になっているので、よく図書館で本を借りてはこの勾配に連なるイチョウ丘で読書をしました。イチョウ丘というのは、墓地の地帯から離れた場所に少し高くなっている丘があり、その頂上に背をあずけるにちょうどいい古いイチョウが生えているからという、ごく単純な名前です。
私はそこに向かいました。
質量の無い私には重力はかかっていませんが、移動の大抵が歩行でした。飛ぼうとか、浮こうとか、思えば出来ました。でも生前に憧れていた程、愉快でもない体験でした。やはり人間には人間の、しっくりくる移動手段があるのです。

私の骨は実家の土地の何処かに埋めてあるだろうと、そう予想しておりました。
霊園には私と同じように、意識だけで漂っている人は居ませんでした。この1年で1度きりさえ見かけないで過ごしたのですから、期待は薄いものでしたが、せずには居られない期待です。
いいかげん、私は私に変化が欲しい。失せるべきなのです。何処へとはわかりませんが、私は死んだのですから。

イチョウ丘は相変わらずでそこにありました。新緑が気持ちのいい状態です。
霊園の入り口を背にするように幹に寄りかかると、柵の向こうは切り立っていて、遠く住宅地と海が見えます。
私の墓はそこに建っていました。
私の短い一生が、西暦とハイフンで結ばれています。
墓石は白く、西洋によく見るような地面に埋まった石盤のかたちをしています。株分けしたのか、左右には裏庭のあじさいの若木が植えられています。じきに花が開くでしょう。
先程見掛けた後輩が、私の墓をみまってくれたのだとわかりました。
私が好きだった紙のパックのレモンティーと、2人でよく1つずつ食べた棒付のチョコレートが置かれていました。

『今日は私はみどりのほうだね』
『毎回交代に食べてますけど、味に違いって無いっすよね』
『そう?私、みどりの方の味が好き』
『じゃあ、おれ、今度から、毎回ピンクでいいっすよ』

プラスチックのパッケージから、チョコは片方だけが消えていました。おそらく彼が墓の前で、たいらげて行ったのだと思います。
『ほんと?やったね』
『先輩、あんがい子供っすねぇ』
それから私たちは二度とそのチョコを食べませんでした。
私は死に、順番に買っていたチョコのルールも壊れてしまいました。
私は墓を見下ろしました。
ポピーの花束、サッカーボール、缶のジュースに囲まれて、墓石はまばゆいくらいに輝き、光を反射しています。私は墓に触れてみました。
生前と変わらぬ触覚が、彫られた名前を実に生々しく伝えてきます。
墓は幸せそうに見えました。
私は墓の隣に座り、そこから海をみつめました。しばらくは立てそうに無かったのです。

私には清々とした喪失感と、あたたかい幸福感がありました。それらはとうにないはずの心からあふれ、空気の体に充ちていきます。
夕日がゆったり傾いて行くのを、やはりまばたきをしながら眺め続け、後輩と2人で食べた、チョコレートの味を思い出しました。
毎回大切に食べた味ですから、寸分違わぬ記憶です。
彼の涙を思い出しました。
『先輩、あんがい子供っすねぇ』
彼はいずれ大人になり、私は子供のままなのです。


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