行楽に来てるわけじゃいのは当たり前だが苦行を受けに来ているわけでもない。
『ここを普通と思うと苦労する』
佐久間の言葉の意味がわかった。もちろんただの公立校とは母体も成り立ちも違うので、多少の不便や苦労は覚悟していたが始業2日でその覚悟が甘かった事を思い知った。
「経済文化学、英会話、護身術、国際情勢論、心理学、憲法倫理…
…大学か」
「あと選択必修に芸術5教科な」
「…音楽美術書道じゃねぇの?多いだろ」
「そうだな。音楽、美術、書道、茶道、舞踊、華道」
「っかぁー…馬鹿馬鹿しい」
「ふふふ」
帝国といえどまさか中学で履修届けを書くとは思わなかった。驚くべきはこの奇妙な時間割は初等部の高学年から始まる事。初等部からしてあらゆる部活の強豪である帝国だが、一般の小学生が毎日なんの悩みも迷いも無くただ球を蹴っていた時期彼らは既に食事のマナーや社交術を学び始めていたのだ。まともな世界では無い。
「つうかこれ1日6科目でも間に合わなくないか」
「うん。長期休業の短期授業もあるし完全補講授業もある。芸術は2週間に1回だし、かなり変則的なんだよ」
「………」
「うわ…嫌そ」
スケジュール管理というものに縁が無かった不動は、授業の渦が日々の己を翻弄しつくすであろう予感に憂鬱になる。こなさなければならないのか。
「慣れればなんてことない。初等部の生徒ができる事だ」
佐久間は不動をまったく心配しなかった。はじめこそ他人事だと思ってと、腹立たしく思いもしたが、実際のところそれは明確なる信頼だった。
お前にはたやすい事だろう。佐久間の態度は一貫してそれに尽きた。
評価は喜んでいいはずだが、いざというとき泣き言も言えない。今のところは自信を失うような事態にも無いしこのまま慣れてしまえればいいと思うが、部活の雰囲気も険悪で、クラスでも完全に浮き立っている。
それでも不動はそれを問題視していなかった。
そここそが佐久間が信頼を寄せる彼の要素と言えるだろう。

しかし、まず不動を挫きにかかったのがテストだった。
来週テストするからな。
これは教科担任がよく言うセリフである。編入したての不動でさえももう聞き飽きたということは帝国生には日常だ。彼らは慣れきっているらしいので驚いた反応をするのは不動ただ1人。さらに、テストがどの範囲からどのように出題されるのか内容は毎回不明瞭で日時も来週や再来週という限定されきらないものを指定される。
「テロだ」
「ふふ、すぐ慣れる」
「くそ、混乱する」
せめてもの救いが必要以上に身構えずともそれらは常識の範囲を越えないことだった。授業で学習していないものは出題されないし、成績に大きく響いたり点が取れなくとも補習を強制させるような事もない。
「お前英語のテスト受けたか」
「数学なら」
「お、見せろよ」
「いいけど、問題憶えても意味ないからな?」
「…まぁ…そうだろうとは思ったけどな…」
佐久間の答案は満点だった。かたや不動が昨日受けた英語のテストは50点中12点。成績にさほど影響はないとはいっても落ち込ませるには十分である。
「英語はわりと書けた方だから」
「他が心配か?」
「一桁ありそうだな」
12点の答案をぐしゃぐしゃにまるめてゴミ箱に投げる。
「テストばっかりだな。あきれるぜ、まったく」
「気構えなくても。ただの授業の一環なんだから」
「そうは言ってもテストはテストだろ」
どちらかといえば試されるのは好きだった。しかしそれも今や微妙になっている。不動は知らず知らず佐久間に愚痴る事が増えていたが余裕の少なさがそれに気付かせない。佐久間は不動を叱咤したり、余計に励ます真似はしなかったが、それが不動にはちょうどよかった。そのうちにこの特殊な授業形体にも馴染み、好きになる教科も出てきたが、一方で一向に変化が無いのが部活における不動だった。

4月〜5月大型連休:休止

部活の予定が書かれているホワイトボードにその一文が現れたのは4月も下旬にさしかかる頃。連休こそ1日中練習ができるはずなのにとまたも不動は驚かされた。
毎年だ、と何でもないように佐久間が言う。
そう言って、佐久間は連休の間中トレーニングを欠かさなかった。
聞けばある者は外遊に出掛け、ある者は学外チームの練習に参加。学習塾の短期講座に参加したり、プロチームの試合観戦に回ったり。活動は自由だ。

「みんな自分に必要な事をしようと思ってるんじゃないかな」
不動は自分に何が必要かなど、分析も判断もできなかった。一応の走り込みはしたが、一応やっただけなのだ。
「…必要…」
「おれは、鍛えたかったから」
「それって必要かどうかじゃなくて、したかったからって事だろ」
「え?必要な事だよ。必要な事だから、やりたかったんだ」
そこに行き着くのだ。

帝国生の考え方は、(サッカー部に限られているかもしれないが)良い意味でパターン化されている。己の分析とコントロールの方法が、染み付いているのだ。
それがわかるといっきに劣等感が不動を襲った。
「毎日つまんなくねぇか」
負け惜しみの気分で顔をしかめると、佐久間は笑う。
「だいじょうぶだって」

全部見透かされている。





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