act 09.



「聞きましてよ」
夏未が不機嫌に言い放つ。
「どうしてあたくしに相談して下さいませんの」
「夏未さん…」
「鬼道のお家とは長い付き合いがございます。あたくし、でしゃばっても?」
偉そうに腕を組んで居るものの、夏未は涙ぐんでいた。
「でも」
「遠慮ならば無用でしてよ。音無さん、一言お願いと申して下さい」
「……」
「あらまあ何を泣いているの、しっかりなさい!」
そう言いながらも夏未も半分泣いていた。

夏未の家は春奈の通う女学校の他、4つの学校と製薬と医療品の会社、病院をひとつ経営して居る。
話し方や振る舞いは何故かきついばかりだが、内実大変心根の深い御人好し。学校では春奈よりひとつ学年が上になるが、金持ちをかさに着ていると同級の生徒にも勘違いする者がほとんどの中。春奈は夏未が好きだった。肌が白くて手足のすらりとした姿は羨ましいし、赤みのかかった綺麗な髪が素敵だといつも次子や勇気に話していた。
誤解しかされない夏未にとって好意的な春奈にははじめ戸惑うばかりだったが、初対面からいくらも経たずに打ち解けた。時折店に訪れて、あの3人の小さな茶会に参加したりしていたものだ。
それゆえ次子の失踪は、夏未にとっても大事件だった。

「言うのが辛かったとでもおっしゃるの?呆れたわ!こんな時こそ頼ってちょうだい」

つん、と顔をそらし、拗ねたような素振りを見せる。
次子の事を考えることは確かに春奈には酷だった。気持ちが複雑になりすぎる。思えばどうしても混乱し、最後にはもう悲しくて苦しくて。
「それにしてもどうして日暮れのちに森を歩いたりしたのかしら」
「ええ、それが…わからないんです不思議で」
「ねぇ音無さん。隠し立てはお止しになってね」
車がカフェの前に停まり、運転手が扉を開けると夏未は慣れたように降りていく。春奈は扉をくぐる姿勢なんかに苦労してわたわたと転びかけるやらようやく出るが、既に夏未は店に入り、席にしゃんとついていた。
「夏未さん、お久しぶりです。いらっしゃいませ」
「まぁ勇気、ひどい顔色。ちゃんと眠れてらっしゃるの?」
「え、はぁ。まあ」
「やだわ、誰も彼もこう元気が無くてはたちゆかなくてよ」
夏未の毅然とした様に、主人がまいったなあと苦笑する。ずっと沈んだまんまでいた奥さんも、ちょっとくすりと微笑んで、春奈はよっぽど安堵した。夏未にお礼を言いたくなった。
「さて、噂に聞いたのが淋しかったわ、音無さん。次子さんはあたくしにとっても友達ですもの。まさか偶然耳に入った他人のお喋りで知るなんて、あたくし情けなくて」
「ごめんなさい、夏未さん」
「あら結構よ。怒ってるわけではないもの。ただ淋しかったわ。そのお気持ちも十分にわかるつもりです」
夏未はふぅ、と息をつくと、
「言い難いですもの」
と、頷くように静かに言った。

次子の捜索で大きな難点となっていたのが奇しくも春奈があの夜招待されていた鬼道家の別邸の存在だった。
なんとも柵で仕切られた向こう、谷をも囲む森の大半は鬼道家のもの。とんでもないが、事実であり、当然私有地、つまり森の半分以上は捜索が及んでいないのだ。
「あたくしが話をつけますわ。わからない方ではありませんもの。本日これから会ってまいります」
夏未は次子の捜索状況を詳しく聞き出すと出された紅茶も飲まずに席からすいっと立ち上がり、つかつかと扉に向かって行く。
「待って、夏未さん。待って」
「止められても、あたくし行きます。貴女方がもしも諦めたなら、それも結構。彼女はあたくしの友人ですもの」
からん、と扉のベルが鳴る。
夏未が車に乗り込むと、車は橋の方に向かって行った。鬼道の屋敷がある方向だ。
一家が捜索をうち止めたのだと聞いてから、彼女は目に見えてしおしおと気落ちした。それに何を言ったわけでは無かったが、春奈の元気が無い理由なら次子が見つからない事に限ると思っていただろう。
まさか公にしていない鬼道家子息との血縁関係を説明するわけにいかないとしたからこそ夏未には何も言えなかった。
春奈の気持ちは本人にさえ複雑なものだ。どう考えようとも最後にはどうしても“何故”に行き着く。
何故あの夜に熊が出たのか。何故次子だったのか。何故あの日招待されたのか。何故あの日だったのか。春奈にはどんな罪も無いが、それでも罪悪感は重かった。
あの日鬼道家の送り迎えを断って、わざわざ勇気と次子に頼んだ事は春奈の中で自身を責めるに価する大きな間違いであったと結論付けられていた。実際、両親は止めた。兄も車を強く勧めた。夜道は危険だから。狼が出るかもしれないから。
でも春奈には、鬼道家の立派で綺麗な車に乗せられては道中も会食も張りつめた気分で過ごす羽目になるだろうと予測でき、それは避けたい苦痛に思えた。せめて気の置けない友人とただ散歩のように往き来出来るなら気分も善かろう。
そんな実に人らしい、誰にでも理解の届く理由が春奈を責めた。
兄に言えば探してくれただろう。総出をあげて次子を、せめて、躯なりと。
しかしどう伝えればよかろう。
兄も何故に行き着くであろう。
何故あの日に招待したのか。何故無理矢理にでも車での送迎をさせなかったか。
兄と目前で次子を拐われた勇気の気持ちを想う度に、罪悪感は強大化する。
夏未が正しいとわかっている。

『彼女はあたくしの友人ですもの』

自分の罪悪感も兄の気持ちも、勇気の心も想うはいい。
だが食い殺されたであろう次子はどうだ。
それを圧し遣り自分ばかりを庇っている。
次子は誰も責めないだろう。そしてきっと思ったであろう。
お嬢さんの大切な日に、とんでもない傷をつけた。申し訳ないと。
食われながら。




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