date 21:



施設のゆがみは、ある日突然大きくふくれあがり、消えた。

小学以下の子供たちはそれぞれ散り散りに、そう遠くない別の施設に移っていった。同時期、同年代の古株も数人、実家に戻されたり引き取られて施設から出ていく。
晴矢は一時的に祖父母の家へ追いやられ、事の始まりも収束も、よくわからないままだった。
一度だけやつれた瞳子と、モザイクをかけられた“子供の家”をニュースで見た。長期休暇中でなかったなら、学校を休んでいただろう。とにかく今は出ていけと施設を出した瞳子を、誤解していたとその時知った。
ニュースはできるだけ避けた。
叔母からの風当たりが少し厳しい事。従兄弟の態度が空々しい事。祖父母が何も訊かない事。晴矢は施設に戻るだろう。
(ここには居られない)
針のむしろ、というものが、どういう物なのかわかった気がした。それから、ヒロトと、瞳子、施設に残っているはずの友人たちが、心配になった。
祖父母の家で14歳の誕生日を迎えたが、おめでとう、と言われる度に違和感を感じる。


「なにがめでてぇんだ」

ようやく施設に戻れた時、始業式まであと1週間をきっていた。
「まぁ…捨てられた身の上めでたがられてもな」
「だろ?なんか急にあほくさくなってよ…」
久しぶりに会った玲名だったが、平気な態度だ。事態に無関心なのか、装いなのかはわからない。玲名は昔から顔色に変化が無い。わかりにくい。笑ってもいつもぎこちないので、風介と似ていることろがある気がする。
「ヒロトは」
「本家」
「……父さんとこか」
「いや、姉さんと一緒だが…」
施設の創設者が逮捕された事はわかっている。しかし変わりに初代の園長と、次々に辞めさせられていった創設当時の職員が戻っていた。瞳子の計らいである。
彼女は施設のこどもたちのため、実父を討った戦士だった。
メディアが憶測と下品な興味本位で垂れ流す創設者の悪事や過去やこれからの事。ワイドショーではコメンテーターの鋭い顔をした女優がしきりに施設の子供たちを可哀想だと繰り返し、内実伴わない演技染みた言い方に腹が立つ。一方でいかつい元記者かなんかの男が、子供たちだってわかってただろうと冷たく言う。その方がよっぽど好感を持てた。
「正解」
「晴矢、滅多な事言わないでよ」
「アレ、茂人。お前カーチャンとこ行くんじゃなかったの」
「まさか。もう戻れるって知ったとたんに追い出されたよ」
「こんなことになっちゃえばな。10代でどんだけケチつくんだ?俺ら」
「だから、滅多な事言わないでよって」
子供たちはぞくぞくと帰ってきた。施設に戻ったところで何も保証されはしない。だがおそらく皆同じように、“針のむしろ”に座ってきただろう。多くは、
犯罪者の元に居た子供に同情をかけるより、
なるべくかかわり合いたくない。自分たちまで悪事の片棒を担がされるような、負債を負うような、世間から陰口をささやかれるような気分になって焦るはずだ。
それではそもそもの子供たちの方などは、たまったものじゃない。
施設の外には記者が詰め掛け、近隣からは苦情が舞い込む。ひっきりなしに電話が鳴って、捻れた目線から投げ掛けられる質問や、罵倒。
いずれ学校が始まれば、学校中からも同じようにされるのだろう。晴矢は自分に向けられる興味や哀れみや蔑みよりも、それらに戸惑い、苦痛を感じるであろう他のこどもたちの事を考えた。自分ならば、何故かまるで他人事のように気が軽い。あしらいも無視も容易かろう。それより今からも落ち着かないような連中が余計な事を外部にべらべらと話してしまいやしないだろうか。
そしてとうとう学校が始まった。
最近有名なタレントが金銭トラブルで逮捕され、次いで様々な問題が露呈した。お陰で施設創設者の事件は世間的な注目度をがくりと下げたがまさに直下に居た者達が通う学校においては影響が無い。
やはりささやかれた。級友もどこか遠い。もともと孤児である事を越えて接してくれていた友人たちも、今回のことはさすがにいかんともし難いらしい。それもわかる。
晴矢は部活を休んだ。毎日毎日休んだ。誰もとがめなかった。犯罪者が来ないなら助かる、という心情だろう。よくわかる。

だから“家”に帰る度ほっとした。

外にはり付く記者たちも徐々に数が減っている。いつか誰かがこれに躓くと思った。
例えばこの先未来を永遠この出来事はついてくる。
サッカーがうまいヒロトがサッカー選手になったとして。その経歴が明かされれるなら、苦労したのだと同情する者が世間にどれだけ居るだろう。
玲名が誰かの嫁に行くときこの出来事を明かしたとして。相手にどうとらえられるだろう。玲名に罪は無いのだと、正しく理解されるだろうか。
自分にいつか恋人ができてすべてを知ってもらいたいと思えた時、果たしてどんな心持ちだろう。隠しとおしたいと悩むだろうか。
孤児ならばまだしもと言われるだろう。ないし思われるだろう。このえぐれるような苦しさを、わかりあえるのはこの子供の家のこどもたちだけだ。
不思議と誰も忘れようとしたり、見ないふりをしようとはしない。
みんなそれぞれがそれぞれに、受け止め、抱える覚悟をしている。この事件の事で馴れ合わないし慰め合ったりしないのに、みんなの心がわかる気がした。
これぞ絆というものなのだろう。

その夏晴矢は実刑判決のニュースを見ながら瞳子から贈られてきたバースデーケーキを食べた。
となりに風介が居れば良いのにと思った。
そしたら“おめでとう”も嬉しい気がした。



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