学級名簿を見た不動は静かに動揺を圧し殺していた。
(よりによって…)
帝国での生活において不安に思う事は無かった。部活の特待生なのだから授業について行けなかろうが部活で問題を起こさずに、ある程度の貢献度を満たしていればいいだろう。この1年を遣り過ごせれば、高校にもそのまま入れるのだ。楽勝楽勝。
“苦手なもの”を単純に回避する事は出来るだけやめようと思う。だせえし。
しかしそう思っても、克服のしようがなく且つ回避も出来ないのは早速辛い。

源田 幸次郎

もう見間違いでは無いだろう。何度も見たが毎回居る。
(よりによって…)
名簿を畳むと新しい制服のポケットに押し込む。生地がまだ硬い。不動の持つ帝国のイメージは実際生徒になってみてからことごとく壊れ更新された。
この軍服のような制服を着崩している生徒は存外多い。案外校風が自由であるのも微塵も想像出来なかったし、どうせ皆ロボットみてえなんだろうという卑下は、思えば鬼道や佐久間にぶち壊されて来たというのに思い直す事無く持ち込んだので、唖然とする。佐久間などはまだまだ個性の薄い方だ。ある意味で目立っては居るが。
「分かれちゃったな」
「……」
「クラス」
「……」
防火扉の隣にある見取図で自分の教室を探していたら今まさにの佐久間が来た。暫く黙って隣に立っていたが、そのうち見ていたらしい紙を畳んで鞄にしまう。
「お前はここだ。D組」
「あァ…新校舎なんか」
「そうだな。南階段から行けば早いだろう。じゃ、あとで」
検討違いの場所を探していたせいで時間をくった。広すぎる。簡略化されている筈の見取図でこれだけ規模を感じるならば実際はどうなっているやら。方向感覚には自信があるが、1、2度迷う程度ではおそらく済みはしないだろう。

教室は新校舎と言えど古めかしい。時代めいた木造の机、窓枠、教卓。日に焼けた文字盤が黄ばむ時計に戦前の年号と共に卒業生寄贈と筆でかかれている。
俺タイムスリップでもしたんじゃねえかな。
こんな教室で携帯電話をいじったりイヤホンを耳にしている生徒を見ると妙な気分だ。卓上に張られた氏名のシールに従い着席。やや斜め前の直線上に源田幸次郎の席がある。
後ろ側で良かった。背面に視線を浴びるのは耐え難い。
「おうハゲ」
「……」
「お前だよ不動。よくものうのうと来られたな」
源田から賜るかもしれないと思っていた言葉をガラの悪い生徒が刺してくる。突然だった。
「誰」
「あ?誰でも良いんだよ。お前なんなの。どういうつもり」
(だっせ…)
怒りが先行しているようでなにも伝わらないセリフに呆れる。知らない奴にこんな熱烈な歓迎を受けるとはうんざりするが、しかしなんとなく見覚えがあるような気もする。
(あ…!)
「佐久間が許しても俺らは許さねぇからな」
「お前確か、MFの…」
「絶対許さねぇからな」
(確か辺見だ)
辺見は呪いの言葉に念を押して強烈に睨むと離れて行く。退室せずに扉付近の席に着いたので、さすがに不動もこれからの生活に不安を感じた。
もしかしたらサッカー部全体が、あいつのような事になっている可能性がある。あるどころか高いと言えよう。鬼道から聞いた限り佐久間は部でも代表内でと同じような可愛がりに遭っている。鬼道も明言はしなかったが、まぁ予想に容易いことだ。
気心知れた相手には佐久間はとことん柔らかい。更にここは初等部という物も存在する。ならば佐久間への仲間意識に保護者観が入ってくる事もあり得るだろう。めんどくさい。
(寮での空気が気持ち悪かったのは気のせいじゃなかったわけだな…)
ため息をつくと辺見を見て、こちらを見もせず席に着いた源田を見る。

『分かれちゃったな』

なんでもなさそうな落ち着き払った佐久間の声が、今になって恨めしく思えた。



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