※ 南雲と涼野
※ 捏造注意



彼は幽霊みたいな存在。
見えないけれどここに居る。

case 05:クラスメイト



〈風邪でもひいたの?〉

千年前の日本語が読経のように反響する教室。風介は板書のフリをして使い古された机の隅に文字を書いた。
毎日一言の手紙。
この1年の日課だった。

きっかけは忘れ物。

教科書を教室に置き忘れて帰宅した翌日、あるはずだと疑わずに机を探るが中はもぬけの空になっていた。思い違いがあったか、とその日は隣席のクラスメイトに見せてもらったが、教科書はそれきりどこかへいってしまった。
探そうが訪ねようが見つからないのでとうとう諦めかけた頃、登校してすぐ机の隅に落書きをみつける。

〈ごめん、かえす〉

『……?』
意味がわからない。
でもその日なくしたと思っていた教科書が机の中に現れて、無関係とは思えなかった。

〈君が持っていたの?〉

風介は数日考えた末、返事を書いた。かえす、と書かれた落書きは霞んで読めなくなっていた。

〈まちがえて持って帰ってた。ごめん〉

〈いいよ。見つかってよかった〉

〈お前、全日だろ〉

〈君は、定時の生徒か〉


返事は期待して居なかったのに。
想定外に1日一言の文通が続き、いつしか日課になったものの、2人はお互いを全く知らなかった。顔も名前も声も知らない。自然とそういう話題を避けていたような、それが自然の事のような、それでも風介はこの一文の友に好感と親しみを持っていた。

〈昨日、君が好きだと言ってた漫画を読んでみた。面白かったよ〉

〈だろ?明日貸してやるよ。机に入れとく〉

〈ありがとう。楽しみにしてる〉

実を言うと風介はあまり学校が好きな生徒ではなかった。
休み時間はおとなしく読書をして時間を潰し、昼食は決まった友人といつもの場所で。部活にも委員会にも所属せず、成績は上位だが突出はしない位置に居る。毎日同じ時間の電車に乗って登下校。
没個性。
それが何よりも自分を正確に表している言葉であり、それこそが最大の個性だと思っている。

〈テスト点数やばかった!ぜったいついしだ〜〉

〈苦手な教科があるの?〉

〈ぜんぶ!〉

彼が書くいつも少し漢字の少ないかくかくとした大きめの文字が好きだった。
彼は夜の間はここに座り、嫌いだという勉強をする。
自分が書いた返事を読んで、ふと微笑んだりするのだろうか。

〈漫画ありがとう。面白かったけど、ちょっと残酷なシーンがこわかったかな〉

〈ざんこく?で合ってる?おれに言わせれば生物の教科書の方が残酷ー〉

〈あってるよ。かえるの解剖とかのこと?〉

〈お前平気なの?おれあれムリ〉

1年をかけて実にじっくりと言葉を交わしあってきたせいか、毎日顔を合わせて声を使って会話する、クラスメイトや友人たちよりも“一文の友”との方が深く理解し合えている気がする。
たった一言…
たった一文…
(しかしされど、か)

時間に換算するとどれくらいの会話なのだろう。声も知らない相手とのおしゃべり。いつしか風介は友の姿や声なんかを、空想するようになっていた。
2人共が好きなサッカーを、いつか一緒に観戦したり、風介の影響で読書に興味を持ち始めた相手と、本の話をしあったり、そういう日があってもいいと思った。
それでも、名前も、姿も、
訊ねようとは考えなかった。

〈風介の家はどのへん?〉

だから突然名前を呼ばれて驚いたのなんの。
あまりのことに風介はその日、返事を書かずに帰ってしまった。案の定翌日には
〈きのうもしかして休んだ?だいじょうぶか?〉
の一文。大丈夫ではない。風介の中で、この“一文の友”が一気に現実味を帯びた。
秋口の涼しい日だった。
わかっていたはずなのに、風介は相手の視覚情報を全く持っていないことで、彼をどこか幻めいた存在としてとらえていたのだ。
最後の夏虫が校庭で叫んでいる。
風介は2日を置いて、ようやっと返事を書いた。

〈おひさま園〉

緊張で手が汗ばんだのは、地域住民なら皆が知っている孤児院の名を書く事ではなく、己の存在が相手の中で、重圧とリアルを生むからだ。
孤児である。それは風介にとって今では何でもない事だ。しかし世間の目は違う。可哀想な子供。薄暗いものを抱えた子供。それを彼も感じるであろう。
自分が彼に対して感じた間違いも無い存在感が、同じように彼にぶつかる。
風介はそれがおそろしかった。

〈会いたい〉

相手の返事はそれだけ。
風介はとうとう何も書かなかった。
寂しかったが、また学校がつまらなくなったが、“彼”を突きつけられる事の方が、何故だか風介にはつらかった。
つながりは途切れるだろう。
しかし、どうだろう。
相手は勝手に話し始めた。学校の事、家の事、好きなサッカーチームの事、恋心を寄せる相手、そりが合わない教師の愚痴、昨日観たテレビ、仕事の失敗、おいしいお菓子、天気の話。
名乗ってなかったなぁ、と置いて、自己紹介もしてくれた。

彼の名前は南雲晴矢。ひとつ年上の1年生。
同じ学年に好きな子が居て、今告白しようか迷っている。

彼は毎回こう締めくくる。

〈会いたい〉

一度も返事を書かなくても、晴矢は手紙を書き続けた。
風介は自分の臆病さに呆れずに、また孤児である事に同情や聞かぬふりをしなかった晴矢と、近ごろはちゃんと向き合いたいと思い直すようになっていた。

〈明日6時にこの席で待ってる〉

そんな日々が続いて、とうとう強行策に出た晴矢。
今さら風介はあっと思う。
同じ席に座った偶然に。





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