※ 鬼佐久♀
※ 年齢操作(プロ選手と大学生)


case 03:置手紙


あまり家庭的でもなければそれほど綺麗好きということもない。どちらかといえば生活能力は高くない。いつ来ても妙な部屋だ。
佐久間は指に食い込むビニール袋の痛みに耐え、台所まで運びきるとため息をついて手首を揺らす。
「味噌も無いなんて」
一人言を呟きながら冷蔵庫と戸棚に買い込んできた食料をつめる。がらんどうだった冷蔵庫に生活感が満ちていく。最後に6本セットの缶ビールをそのまま丸ごと突っ込んで終わり。両開きの扉を閉めて手をはたき、腰を伸ばす。
「3日はもつだろ」
好物は買ったしお酒も買ったし米は帰りに買ってこいって言ってあるし。
「よし!」
次は続けて掃除、洗濯。何故かリビングの真ん中にあるベッドから上等な羽毛の布団をはぐと、カバーを外してベランダに干す。枕とマットレスのカバーも取り外し、洗濯機へ。
洗面台や浴室にかけられたままのタオル類を回収ながら全ての部屋の窓を開けて行く。
「良い天気!」
ほとんど何も入っていないタンスから全ての衣類を回収すると、先に集めたタオルなんかと合わせて篭へ入れておく。布団カバーの洗濯が終わるまで全ての部屋に掃除機をかけて煤を払い、窓を拭き、どこもかしこも綺麗にする。
みんなこの部屋の主人が帰るための支度だった。
洗い終わった布団カバーをテラスに干すと、続いて衣類とタオルを洗濯機に投入。その間に昼食をとる。
そして毎回この一休みを見計らったかのように、タイミング良く電話が来るのだ。
「はいよー」
『お、出たか』
「出たよー」
小さなサンドイッチを頬張りながら会話する。
『佐久間、ドレスあるか』
「ンむ?なんで?」
『今晩、夕食』
「あ、ご馳走してくれるの?でも残念。何も持ってきてないよ」
『そうか、わかった。じゃあ、ま、後で』
「うん。気をつけてね」
『ああ』
「バイバイ」
電話を切ると市販のカフェオレを飲み干してゴミをまとめて立ち上がる。よし、もうひと仕事。
洗濯物を干して床を拭いて布団を取り込んでカバーをかけて……
「ただいま」
「うわおかえり!久しぶり!」
日が暮れかけた部屋に大荷物を抱えた男があらわる。
肩からかけていたボストンバックを捨てるように床に置き、布団カバーと格闘していた佐久間に抱きつく。抱き上げる。
「あはは、あぶない!」
「ははは、ただいま!」
「おちる!あぶない!」
実に3ヶ月ぶりの再会である。
「買い物行って飯食おう」
「食料品なら買ってきたよ」
軽々持ち上げたのだから下ろすときも軽々だった。音もなく床に足が降りると佐久間は鬼道の腕を労るように撫でさする。
「食料とかじゃなくてお前の服。俺もスーツを買わなきゃならないし」
「え…」
「という、ついでだからの理由をつければ来てくれないかな、と期待しているんだが」
理知的で静かな鬼道だが佐久間の前では少し饒舌で愉快な男に変わるのだ。こちらが本来の姿だろう。鬼道は佐久間と居る時の自分が一番楽で好きだった。
「…わかった、行く」
やわらかく笑って佐久間が頷く。
「よし、見立てさせてくれよ」
「えっ!それは聞いてない」
「買うのは俺だ」
「えぇー…」

結局佐久間は鬼道が選んだドレスを着て、連れてきたかったというレストランで食事をすると郊外を少し車で走ってまた部屋に戻って来た。

「我が家が一番だな」
「お前の家は別にあるだろ」
部屋に入るなり鬼道はベッドに寝転んだ。買ったばかりのスーツにシワが寄る。
「俺の日本の家はここだよ。実家の部屋より落ち着く」
「もてあましてるくせに」
「お前が住んでくれれば部屋もあまらないのに」
ここには部屋が4つあるが、鬼道はその内このリビングしか使っていない。だからリビングの真ん中にベッドがあったりタンスがあったりする。海外のプロチームに所属しているために鬼道は日本に居ないことが多く、たまにこの部屋に帰ってくる程度ではそう気になりはしないのだろうが、佐久間は全く慣れなかった。
「冗談」
布団に埋まっている鬼道の隣に腰かけると、手の上に手が重ねられた。
「そしたら南側の部屋を寝室にして、書斎も作るよ」
「はいはい」
「夢の話だと思ってるのか」
「まぁね」
「あんまりつれないとさらって行くぞ」
「お風呂やろうか」
目を開けると佐久間はレストランでもらったクッキーを砕いて中に入っているメッセージを読んでいた。
「…なんて?」
「…“あなたを最も幸せに出来る人と、あなたはもう出会ってる”かな」
「へえ」
「で、あってると思うけどフランス語だから自信ないよ」
鬼道の目の前にぽいと投げられた薄く細長い紙を拾って読むと、佐久間の訳はあっているように思えた。
「いや、間違ってるな」
「あ、ホント?赤っ恥」
佐久間が笑うとイヤリングが揺れる。去年佐久間の誕生日に鬼道が贈った物だ。良く似合う。
「あー…正しくはこうだ。
“あなたを最も幸せに出来る人は今夜一緒に食事をした人です”」
「なんだそれ!嘘だ、そんなに大幅に間違ってないはずだぞ」
「お前にぶいったらないな!」
鬼道の手からメッセージを取ろうとする佐久間を鬼道はベッドに引っ張り倒した。
「…にぶい?」
「なんだろうな、俺たちって」
「友達じゃないのか」
「やめにしないか」
「友達を?」
「やめるというか、変える。
その、お前を“最も幸せに出来る人”になりたいんだよ」
「………」
佐久間の戸惑い不安そうに見つめ返してくる静かな目を見て鬼道は言わんとしていることが伝わっていないと思った。それでもう一度口を開こうとした時。
佐久間が少しだけ体を起こし、鬼道の胸元にすり寄った。
「うれしい…」
「…伝わったのか?」
「ふふっ、たぶん」
「………」
「………」
鬼道は様子を伺うようにゆっくり佐久間を抱き締めた。嫌がらない。逃げない。
「幸せだ…」
「ブッ!クク…ク、」
「……笑うところか…」
「ついていかないよ、私。
学生だもん」
大きな片目が間近でぱちくりまばたきする。鬼道はひたいに口付けると笑う。
「いいさ。向こうには俺の帰りを待ってる女がたくさんいるから」
「そうでしょうね」
「尊重するよ。できるだけ」
「脱がさないで」
背中のファスナーを徐々に下ろしていたら冷静な制止が入り鬼道はふきだす。
「それは、尊重できないな」
「忘れてるかもしれないけど、私は日本人だよ鬼道」
「悪いが海外に長く居たせいか日本語がうまく聞き取れなくてな」
「ちょっとヤダ、ばか!」
「何年我慢したと思う」
覆い被さるような体制になると佐久間はあっさりおとなしくなる。体制よりもさっきの言葉が効いたのだ。
「………え…?」
「8年だ」
「えっ!」
「ばかはお前だ」


鬼道が帰国する時は一番に佐久間に連絡をする。佐久間は必ずこの部屋を整えて鬼道の帰りを待っている。
帰国と渡欧の度に佐久間への恋しさを募らせていたのが、ゆるやかにあふれ、唐突の告白に至る。後悔は無かった。
8年かけてふりつもったささやかなものが全て我慢だと最近になってようやく悟った。あまりに長い間良き友人で居すぎたのだ。離れてみるとよくわかった。

ところでおいていかれるのはいやだと言って佐久間はいつも鬼道が眠っている間に帰る。リビングのテーブルに一言だけメモを残して去っていく。
応援してるとか気を付けて帰れよとか、楽しかったとかまた会おうとか。
さて今日くらいは帰らないだろうと思っていたのにメモが置かれて佐久間は居ない。
(やれやれ…)
学校があったのだろうか。メモを手に取り読んでみる。

『朝食にサンドイッチを作ったので食べてください。
南側の寝室は、良いと思います』






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -