※ 風丸さん(♂)
※ 年齢操作(大学生)


case 02:年賀状


澄んだ夜の空気に鐘の音が通る。この街で除夜の鐘をつくのは風丸が通った中学校の裏手にある古い寺だけだ。
階下から新年の挨拶が聞こえて、携帯電話のランプが光る。あらかじめ音を消しておいてよかった。ひっきりなしになってかなわなかったろう。
風丸はゆっくり寝返りをうった。
眠るわけじゃない。ベッドの上に寝転んで、かれこれ15分くらいか。部屋は暗かった。実家の自室は懐かしかったが、隙間の空いた本棚やうんと昔に貼ったポスターなんかはなんだか物悲しく思えた。
学校は忙しい。去年の年末は帰ってない。盆に一度だけ帰ってきたが、墓参りだけ済ませて戻って行った。
18年過ごしたはずのこの家が、よそよそしいのは淋しいな。窓から入る薄ら明かりに、天井が少し反射する。その反射の角度さえ、変わってないのに。

「かぜまるー!!」

ああ、これだけは変わらない。
風丸はおもむろに起き上がると、椅子に置かれていたダウンを着込む。ランプが点滅している携帯電話とふたつ折りの財布をジーンズのポケットに突っ込むと、裸足だと気付いてタンスを開ける。
廊下に出るとすぐそこに階段があり、階段を下るとそこは玄関だ。そのため玄関での会話はほぼ全て聞こえてくる。居間から母親が出てきて、インターホンを押さない客人に挨拶する。客も母親に挨拶する。なにやら世間話が始まる。途中、母が俺を呼ぶ。
靴下を履いてマフラーを巻くと、廊下に出る。板張りの床がぎし、と鳴る。
「風丸!久しぶり!」
「円堂、久しぶり」
階段を降りると玄関には防寒対策ばっちりの幼なじみ兼ご近所さん円堂。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
風丸が玄関に屈んでブーツを履いて居る間に、母親が財布を取ってくる。
破魔矢買ってきて。
そう言って2千円を渡される。毎年の事だ。
「じゃあ行くか」
「行くか」
会わなかった間の事をお互いに話しながら神社に向かう。神社は寺とは逆の方向、商店街の先にある。それでもそこまで除夜の鐘は聞こえる。
「去年は来れなかったからなぁ」
円堂がしみじみ言うので風丸は笑った。
「誰かと行けばよかったのに」
「いや、初詣はさ、この、年越して風丸と行く…これはさ、」
喋る度、息は白い。街灯の下に入る毎に鼻と頬の赤い円堂が見えた。
「風丸と2人って決まってる」
「別に決まってないだろ」
「決まってるよ」
「なんで」
「なんでも」
なんだそれ、とあきれると、来年も行こうな、と返ってくる。
「帰りにコンビニ寄らねえ」
「あ、いいな。俺なんか今すげーココア飲みたい気分」
「ああー、あるそういう時」

他県の大学に行く事を決めた時、円堂は俺を止めた。

『だって、離れたらさみしいじゃん!』

18年一緒に居て、その気持ちが無いわけじゃなかった。ただ、もう十分ここに居続けた。さして心残りも無いと気付くと風丸の決定は早かった。
成績の問題も親との衝突も無かった風丸にとって、円堂の強力な妨害は唐突に現れたモンスターのようだった。
行くなよ、なぁ行くなよ。
毎日言われた。珍しい行動だ。普通他人の進路を邪魔するなんてとんでもない人でなしで、迷惑な馬鹿だ。いかに付き合いの古い円堂といえど、そこに踏み込んでくるとは思わなかった。

『さみしいだろ!』

それでも、風丸は街を出ていった。円堂はここから遠くない大学に通う国内強化選手であり、街を出ていった風丸は、どこにでも居る大学生。
一回生の時、暮れに戻った風丸をやはり円堂は迎えに来た。
行くなと引き留め続けた事になど触れなかった。もう仕方ないし、過ぎた事だ。今さら何を言うこともないということだろう。風丸はそう解釈して、変わらない友情を喜んでいた。
前回の元日までは。

「年賀状、読んだ?」
「……読んだ」
「………」
「………」
「…届いてたんだ…」

あけましておめでとう。
お前が居なくてさみしいよ。毎日さみしい。会いたいよ。
年末年始には来ないって聞いて、年賀状書くことにした。
おれやっぱり風丸が好きだ。


「ごめん…俺」
「おれの方こそ、ごめん」
(円堂………)

“風丸が好きだ”

「どういう……意味だったんだ」
「……ごめん」
風丸が立ち止まった位置から、数歩進んで円堂も止まった。
ここから時計屋の門を曲がって、真っ直ぐ進めば商店街の通りに出る。ここは静かで、誰もいない。無かったことにしてはいけないと心のどこかで思っていた。
お前が今日、今までの元日と変わらぬように、
階段の下から俺を呼び、
こうして初詣に出掛けるまでは。
「忘れればいい…?」
円堂は風丸を見なかった。
「あれの意味を聞くまでは、俺は答えられないよ円堂」
「ちがうんだ」

無かった言葉にして欲しいなら、風丸はそれに努めただろう。
そうすれば毎年こうして約束も無いのに初詣に行く2人が崩れない。
毎年2人が初詣に行く神社は、夏は虫取と夏祭り、境内の裏で犬を飼ったり走り回って遊んだ場所。
こうして毎年通る道は、駅まで2人で歩いた道。
家、公園、学校、河原、
丘、駅、コンビニ、街。
円堂の胸の内の物が、それらをどう変えてしまうだろう。
どこにだってある思い出が、円堂の言葉で見違える。
「どうして、書いたのか…
おれにも……」
「……冗談?」
「ちがうよ!」
初めて振り返った円堂の目には、うっすら涙がたまっている。それを見て風丸は覚悟した。
友情が揺らぐ事。
ともすれば、死んでしまう事。

「本当だよ…
でも、なんつうか…」
「………」
「ただお前が居ないのが、さみしくて…おれ…」
「円堂…」
除夜の鐘は止んでいた。ポケットの中で畳まれた2千円がふやけて来た。円堂は黙って俯いて居る。依然白い息。耳までも赤く冷えていた。

「風丸…」
「うん?」
「家に帰ったらちょっと寝て、今年の年賀状を持っていくよ」
「…うん」
「干支の絵を描いてみたんだ。力作だからさ」
「わかった」
わかったよ、円堂。
「楽しみにしてて」
「うん」
忘れれば、いいんだな。
「今年も書いた」
「え?」
「好きだって」
「えっ?」
「ごめん、おれ、……まだわかんないんだ色々と」
「………」
「だから待って。ちょっと待って。ごめん、」
「………」
「…考えるから」
「……、」
風丸はくすりと笑うと黙って円堂の隣に並んだ。
ここを曲がって真っ直ぐ行けば、もう神社は近い。すくそこだ。
「俺もお前に書くよ、年賀状」
「えっ、」
「行こう。帰りに、コンビニ寄ろうな」






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