※ めちゃモテ源チャン


部室は神聖な場所。エロ本がベンチに散乱してても誰の物だかわからない靴下が隅で汚く丸まってても、砂だらけでも汗くさくても。

「捨てる気か?!」

源田がまるで、それこそ部室の隅の汚い靴下にするかのように、指先で“それ”のはじっこをつまんで、出入口の横に設置されている屑籠に向かって歩いて行くのを、驚愕の言葉で止めたのは、予想だにしない佐久間だった。
「あ、…ごめん」
「いや……」
一瞬部室は静まり返った。気まずい空気がゆらっと流れ、佐久間は申し訳なさそうだ。
各々身支度の作業に戻って行く中辺見がちらちらこちを見ている。源田は黙って“それ”を捨てて、何も無かったかのように自分のロッカーに戻ってくる。
…佐久間だとはな。
「お前も早くしろよ、佐久間。オレ今日鍵当番だから」
辺見が佐久間に着替えを促す。佐久間は無言で頷くと、半端になっていたシャツのボタンを留め始めた。



case 05:差出人不明




「いつか誰かに指摘されるだろうとは、思ってたけど」
「………」
「意外だ」
佐久間は髪を耳にかける。気にしてないふり。
「そう」
「………」
そっけない。
日誌をつけるために辺見の鍵当番を代わってやったら佐久間が言葉も無しに付き合ってくれる。
ところで何が意外であるかというと源田は部室に届けられるそのての手紙を、詳しくは部室で自分が使っているロッカーに突如出現する女子からの手紙を毛嫌いしていて、毎回読まずに処分する。それに佐久間が反応した事が意外。佐久間は“そういう物”に全く関心が無いのだと思っていた。
「言ってくるなら成神か、まぁ気付いてるっぽい辺見かなと思ってた」
「そう」
「軽蔑でもしたか?」
「ちがう。驚いただけだ」
そのての手紙、というのはもちろんラブレター。大嫌いだ。見たくもない。
「気持ち悪いんだよ。勝手に部室に入って来て、勝手にロッカー開けて置いてく」
「返事までしなくても、せめて読んでやったらと思うけどな」
佐久間はまるっきり他人事だ。本当にただ純粋に源田の行動に驚いただけのようだ。興味なさそうに言われて源田は少し考えた。
読んでやったらって?余計気持ち悪くなる。“あれ”が嫌いな理由なんて両手の指で数えきれない程あるのだから。
「愚痴っていいか」
「うーん……ま、聞いてやろう」
佐久間は源田の膝に乗せられた日誌がもうほとんど書き終えられていることを確認してから答えた。
“あれ”の事を考えると、必然的に気分が暗くなってくる。気に留めないようにしなくてはやり過ごせない程度の存在になっている。“あれ”を通して見える自分の非情な側面も、好きにはなれない。憂鬱が憂鬱を呼ぶ連鎖も憎い。
「誰も居ない部室に勝手に入って行って、勝手に人のロッカー開けて手紙置いてく顔も知らない女子…
好感もくそも。手紙を読んでやろうって気持ちも持てないよ」
「まぁな」
「下駄箱ならまだ…まぁ勝手に開けられるのは気持ち悪いは悪いけど、部室にまでは来ないっていう分マシ」
「ふぅん」
「…聞けよ」
「聞いてる」
ちぇっ、右側に来るんじゃなかった。顔がわからん。
佐久間の耳のそばで揺れている髪を指で寄せる。佐久間はいやがらないどころか、何の反応もしなかった。
「お前もしロッカーに知らない女子からの手紙入ってて、好きです付き合って下さいって書かれてたら、どうだ?」
「…さあ」
「考えろよ」
「経験がないからなあ」
「………」
ま、そうか。
佐久間はモテるけどそんなこと本人は知らないというタイプだ。からきし興味が無く、また、ひどくにぶい。必要以上に口を開かないために彼に好意を抱く大半の生徒はただ遠くから憧れ続ける羽目になる。取っ付きにくそうな、冷たい奴に見えるのだろう。
ラブレターに嫌悪感を感じる理由のひとつにそういう消極性もあった。忍び込む大胆さとかけ離れているその気質はどうしてもどこか卑怯に思えた。
「好意を寄せてくれる事自体が嫌なわけじゃない」
「うん」
「サッカー部を応援してくれたり活躍を期待してくれる事は嬉しいよ」
「うん」
源田は膝上の日誌を閉じた。佐久間は確かに飄々とはしているが構えば楽しい奴だし、分かりにくいがかなり優しい。返事が乏しくてもちゃんと聞いてくれている事も知ってる。
「でも、好きだからって何してもいいわけじゃないだろ」
「うん」
「部室は大事な場所なんだ。大げさかもしれないけど、部外者に入って欲しくない。しかもそんな、関係ない用事で」
「…でも、源田」
ようやく佐久間がこちらを向くと、源田が耳にかけて寄せた髪がぱらぱらと襟に落ちてしまう。
「今日ロッカーに入ってた手紙はお前のクラスメイトからだよ」
「えっ?」
「差出人くらい、読めよ」
「だれ」
「じゃあな」
一緒に帰ってくれると思っていたのに、1人寂しく日誌を書いて、戸締まりをして帰路についた。
ゴミは毎日回収する。さすがにそれから焼却炉までわざわざ行く気にはなれなかった。

「でもよ、どうやって入ったんだろうな」
翌日辺見に昨日の事を話してみると、そういえばだがもっともな指摘。そうだ。部室は鍵が閉まっている。
「開いてる間は必ず誰か中に居るからならあ」
「…じゃあ、鍵、盗んで?」
時々鋭いくせにアホだな辺見。
「たぶん誰か、協力した奴が居るんだろ」
「オレじゃねぇぞ」
「わかってる」
佐久間だろう。

『クラスメイトからだよ』

あのお人好しめ。俺が捨ててるなんて知らなかったんだろう。読んでやれよ、と言われた理由も成る程、わかる。
放課後、帰り支度をしている佐久間に近付き小声で言った。
「昨日の手紙、誰からだったか知ってるんだろ。配達員」
「ばれたか」
「今日辺見と話してて気付いた」
悔しそうにして見せると、佐久間はちょっと楽しそうに笑う。笑えばかわいい顔してるぜ。
「クラスメイトじゃ下手に出来ないだろ。教えてくれ」
「皆に愛想よくしてればいいさ」
「お前な、そもそもお前が断ってくれるか、直接渡してくれてればこんなややこしいことになってないんだぞ」
「どうせ直接渡しても捨てただろう」
指定鞄に荷物を詰め終え留め具を留めると佐久間は笑って言い切った。
「お前が言付かって来たならさすがにそれは読むさ」
「そう」
「ああ」
「部活行こう、源田」
源田は渋い顔をして、さっさと行ってしまった佐久間の後ろを歩いて行く。
「誤魔化させないぞ」
「……」
「佐久間」
「…直接渡せばよかったな」
唐突にしおらしく言うので源田は妙に慌ててしまった。責める気は全く無いと言おうとして、隣に追い付く。
「いや、佐久間、べつに」
「おれからだよ」
「え?」
「昨日の」
「えっ?!」
昨日の…
昨日の?
昨日の…あれ、
あの、あれ、
ラブレター?!

『捨てる気か?!』

「うそ!」
「ウソ」
「うあっ…」
騙された……
「教卓の前の席の人。お前、名前知らないだろ」
「……思い出せない」
「悪かったな。断りきれなくて」
「気にするな。もういいよ」
佐久間は微笑んでいたが完全に眉が下がっていた。頼み込まれてやったことで愚痴られて、なんだかこっちも悪いことしたな。お互い様だから謝らないけど。
もしかして、俺が何にも反応しないせいで手紙を託した女子たちに何か言われたりしたことも今まであったんじゃないだろうか。
「…あのさ、実は俺もたまに頼まれるんだ。お前に渡して欲しいって」
「へぇ?ふぅん」
佐久間はやはり、あまり興味がなさそうだ。冗談でも聞き流すように笑っている。本当なのにな。
「全部きっぱり断るけどさ、それで余計に嫌いなんだよ」
「…“それで”?」
「え?」
「理由になってない」
「………そう?」
「うん」
「…?」
…まぁ…なんでかって言われても、ラブレターがむかつくだけだけど。
たぶん。それだけ。
それだけだ。





※〈差出人不明〉
…差出人が誰かわからない事


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