唐突に右腕の負担が消え、反動によろめくと後方から笑い声。
「あはは、まぬけ!」
「チッ、…うるせぇな」
大量の書籍が入った紙袋の底が抜けたのだ。新品の教科書や辞書が舗道になだれて重なっている。
「なんでもかんでも詰め込むからだろ」
「そもそも一気に運べる量じゃねぇんだよ。なんなんだこの教科書の多さ」
「わかってるじゃないか。一気には運ぶには無理があるぞ。小分けにするべきだったな」
佐久間はしゃがんで砂と草のついた教科書をはたきながら拾っていく。不動もようやく屈むと新しい制服のズボンが地面に擦った。
「………」
「ほら、半分持ってやるから」
そう言って立ち上がった佐久間の腕には明らかに不動に渡した量よりも多い書籍が抱えられている。
髪は相変わらず短い。
「…自分で持つ」
「安心しろよ。あとで飲み物でもおごってもらうから」
「だからいいって!」
「貸し借りナシだな」
そう言って楽しそうに笑うとさっさと不動を追い抜いて行ってしまった。

階段の試練を経て寮の部屋につくと佐久間は既に作業に取り掛かっていた。
「遅かったな」
「ここエレベーターないの…」
「物販用しか無いな。見ろよ、良い部屋あてられたじゃないか」
窓は全て開け放たれ床にはバケツと箒、塵取り、洗剤。室内に家具は全く無く、不動の荷物も届いていなかった。
「…なにもねぇじゃん」
“良い部屋”とは言えないだろうという感想しか持てない。えらく質素だ。大会中の合宿所の個室の方が豪華だった。
「荷物は3時に南口」
「?」
「家具は1時から発注と運搬」
「…は?」
「お前入寮の案内読んでないな」
佐久間は今年度から自宅から通学するらしいが2年までは寮生だったという。帝国は金持ちばかりの学校…という印象しか無い不動にとってこの質素すぎる寮部屋はあまりに予想外の事だった。
「あ、そうか」
「うん?」
「ここは一般人用なのか」
「?何の話だ?
いいから早く着替えろよ。新しい制服、汚れるぞ」
きっとこいつみたいなボンボンは豪華な寮に入るんだろう。それで一般家庭の生徒はこういう質素な部屋で…
などと考えている間に佐久間はとっとと制服からトレーナーとジャージに着替える。腕捲りをしてウエストの紐を縛ると屈伸体操、前屈、上体反らし。
「よし!」
「…は?」
「早くしろよ、掃除始めるぞ」
とりあえずのんびりしている暇は無いようだ。寮生だったなら寮の事には詳しいだろう。言われた通り動きやすい格好にはなったが何をすればいいかよくわからない。
入ってすぐ左手にこれまた古風な台所があり、そのすぐ横から壁の向こうへ抜けられるようになっている。奥は風呂場や手洗いだろう。個室に風呂場がついているだけ贅沢と思うか。
「佐久間、説明しろよ。どうしろって?」
「掃除」
「なんで?」
風呂桶を洗っていた佐久間が体を起こしてため息をつく。
「…あのな、ホテルじゃないんだからな。代わりに掃除してくれる人は居ないし家具も自分で運ぶんだ」
家具も?
「……なんで?」
「は?」
「普通備え付けじゃないのか?前に入ってた奴が使ってたのをそのまま使うのが普通だろ」
わざわざ家具を一度運び出す意味がわからない。支給されるにあたって種類も同じ物であろうし、手間に手間が重なるだけだ。
「普通と思うと苦労するぞ」
「なに?」
「ここを普通と思うと苦労する」
佐久間は笑ってそう言った。

綺麗に見えた部屋も案外埃や細かい砂なんかがたまっている。なんで今時掃除道具が箒なんだ。掃除機貸せよ腰が疲れる。
浴室と手洗いを片付けた佐久間は休まず続けて台所にとりかかる。シンクを洗ってコンロを磨き、棚を丁寧に拭いて行く。その間も不動はずっと床を掃いていた。
「随分丁寧にやってるな」
早くやれよとかサボってただろとか言われるだろうと思ったが、振り向いた佐久間は驚いたようにそう言っただけだった。
「で?家具はどうするって」
「1時から1階ロビーで使用申請ができるから、昼飯食ったら行こう。今のうちに何が必要か考えといた方がいいと思う」
台所を終えるとやはり休みなく今度は窓を拭き始めた佐久間にようやくひとつ質問が出来た。
「…つまり部屋にどんな家具が入るか決まってないんだな」
「そう。その人次第。でも数に限りがある家具とかもあるしスペースの問題もあるからな。寝具と学習机は必ず借りられるけど」
「何があるんだ?」
「その年によるな」
「そんな事あるかよ」
「卒業生の物が返るから。数が少ないテレビなんかは皆狙いに来るよ」
ははあ…なるほど。では新しく入る者だけが申請に来るわけではないようだ。伝統なのか、変なシステムだ。
掃除が終わると2人で近場のコンビニに出掛けそれぞれ昼食を調達してからまだ何もない部屋で食べた。
「お前去年何使った」
「うーん…ベッドと机と棚くらいかな。あとはテレビ以外の家電とか」
「雑貨は?この部屋ゴミ箱も無いけど」
「それは自分で買うんだよ。新入寮生にはあとで1万円支給される」
「スゲッ」
気前の良さに思わず感心するとまた佐久間が楽しそうに笑う。こいつ俺と居て楽しいのかね。

ともあれ午後も忙しそうだ。





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