「いやぁ、でも、おしかったんだけどな」
『…………分かったよ』
作り笑い、バレてたかな。
受話器を下ろして苦笑する。
鬼道の声は呆れていた。情けない。それに悔しかった。

みんなに会えると思ったのにな…

家庭の事情、というものは、子供には理不尽である事が多い。
佐久間は力の限りに反抗したが、結局自宅の敷地を出ることさえもできなかった。

(今頃みんな……)

自室に戻り、床に寝そべる。畳が冷たい。夜には説教をくらうだろう。憂鬱だ。
ため息をつくと、床に転がっていたボールを寄せて表面を撫でる。
いよいよ、もうすぐ、出来なくなるだろう。
絶望的な予感が冷えた畳から体にじわじわ染み込んでくるようだ。立ち上がる気力も持てなかった。


遅れてやって来た鬼道が苛立っているのはみんなわかっていた。
一緒に来るであろうと予想されていた佐久間が来ないので多くは鬼道に訊ねてみたが、聞かれなければ何故か絶対に言わなかった。
その答え方も乱暴なもので訊ねた方も面食らう。
不動に至っては困惑していた。彼は佐久間の事など一切なにも、口にしてさえいなかった。それなのに何を言う前に佐久間は来ないと不機嫌そうに言い捨てられては腹も立つ。しかしそれよりもショックだった。佐久間は来ない、と言われてから、不動の様子は誰から見ても一変した。やる気のなさそうなプレイさえ、仕方ないかと許してしまいそうになるくらい。
これにはさすがに鬼道も同情した。八つ当たりを急に申し訳なく思う。

八つ当たりだ。
鬼道から連絡を入れなければ、佐久間はおそらく主催の協会にだけ欠席を伝えて済ませただろう。

今回のことは仕方ない。たとえ鬼道にでしゃばる機会が与えられても、佐久間を連れ出すことは不可能だった。
しかしそれでも一言でも、頼ってくれたら力になるのに。

佐久間は鬼道に頼らない。

それは帝国に在籍している時からだった。人に頼らないのは元々の性格もあるだろうが、部内でも鬼道の相談役のような存在だった佐久間はいつしか他の友人逹とは少し違う位置に立っていたように思う。
良く言えば相談役。しかし助手とか秘書とかそういうものが近いような気さえする。部員との細かい連絡や練習計画の組み立てなんかはまるきり任せていたのだから、最もひどい言い方をすれば、雑用のような仕事を全てさせていたのだ。それも選手、レギュラーに!
振り返ってみたらよくもひとつの文句も言わずに付き合っていてくれたものだと感心する。頭が下がる。
“やらせた”という感覚はひとつもない。彼はいつも自主的だった。そして献身的で賢明でタフ。
こんな関係で俺を頼るか?
わかってる。でも少しくらい、困っている時くらいは愚痴でもいい。こぼしてくれれば助けたい。

大会中の態度とはあまりに落差の激しい不動の様子に思わず笑う。
わかるけどな。
佐久間は自分の存在を前に出すようなタイプでは無い。物静かで常に他人をたてているような慎み深い控えめな奴だ。それでも居ないと落ち着かない、なんだかしっくりこなくなる。一度側にいる当然を知れば不動のようにいまいち冴えない気分になる。
帝国から雷門に転校した時は事情が事情だし何もかもに必死過ぎてその感覚に襲われる事は無かったが、世界大会で再び同じチームで戦い、帰国してからの違和感といったら。今度の不動の比では無かったろう。

(…佐久間が来たら、伝えたい事があったんだがな…)

思えばいつも指示と了解の間柄だった。そう思うと空しくなる。果たして佐久間は自分を友人だと思ってくれているのだろうか。
この日鬼道の心持ちはいっぺんも晴れる事が無いままだった。

不機嫌を全面に出しておいて全くその自覚の無い不動にも、わずかながら腹を立てていた。
不動は佐久間と仲が良い。鬼道が抱えているような仲間意識への心配など、不動には全く無いのだろう。
正直不動を許せる佐久間を理解できなかった。
大会の途中まではあんなに警戒していたくせに、後半の仲睦まじさにはぎょっとした。そのくせ何があったかは訊けなかった。自分に余裕が無かったせいもあるが、一番親しいと思っていた相手に自分より親しげな相手が居ては引き身にもなる。実際悔しかった。
不動を許せるなら、俺はどうだ。

実はきちんと謝ってない。

愛媛での事件については以後一度も話していない。
これがあるから鬼道は強く出られなかった。不動は佐久間に謝ったのだろう。和解して、打ち解けたのだろう。だから佐久間は不動を許し、過去のいさかいの壁を越えて、2人は友情を結べたのだ。

『な、不動来るかな』
『……さぁ』
『番号わかるか?電話で訊いてみようぜ』
『………』

不動が祝賀会に参加すると約束すると、佐久間は嬉しそうだった。プレゼントを貰った小さな子供のように喜び、楽しみだなぁと、何度も言った。
祝賀会で1人ぼんやりと気の無い不動を見て思う。
佐久間が来なくて残念な気持ちは同じなのだろうと。
しかし鬼道は気付いていた。佐久間の事を残念に思いながら、来なくてよかったとも思っている。
不動は佐久間を独占する。
それが鬼道には悔しいからだ。


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