遺憾なく実力を発揮できる悦びは今までに感じたことのない程の幸せだった。

世界大会への参戦は不動に大いなる快感と成長をもたらす。

基本的に馴れ合いを嫌う傾向が強く例の発作も手伝って、共同生活は不快が多かったがそれでも大会は楽しかった。
楽しいということがまず珍しい。大抵何をしていてもつまらなかった。唯一好きになり続けてきたサッカーさえ地元では我慢の連続。
でもここでは競り合える相手がいて、敵わないこともある。それが嬉しくてたまらなかった。

意外にもチームの人間も好きになれた。
競い合う仲間として認めれば同年代の子供とでもやっていけるのだとわかった。ただのサッカー馬鹿もいたが苛立たせるような下らない奴は1人も居ない。
子供といえど国の代表なのだから頭の悪い奴には勤まらない。不動はそう考えていた。

飛び抜けた状況把握能力はサッカーには向いていた。しかし対人関係を築くにあたってそれは大いに不利だった。
人も瞬時に理解する。
見透かされることを喜ぶ人間などまずいない。
子供同士なら余計に言えた。子供は鋭く言動にためらいが少ない。
相手が自分の意図を正しく理解できない。言葉の意味を取り違える。ひどい時には単語の意味さえわからない。
これが非常に多かった。
あの閉ざされたような陰気な田舎の子供に特有のことだったかもしれないが、
見栄を張ってわからないと言わないことも常だった。
それも不動を苛立たせた。それでもうまくやってきたと思う。

だがここに来て驚いた。
チームの子供は皆理解力が高く、わからない事も隠さなかった。それどころか堂々と、何を言ってる、わからないと胸を張ってつっかかって来さえする。素直なぶつかり合いが新鮮で楽しかった。
馬鹿のように振る舞う輩も馬鹿ではなかった。わからなくとも考えることが自然だった。
根が明るく、挫けない人間ばかりだ。
おそらくそうでなければ国の代表にまではなれないのだろう。


その中で1人異質な奴が居た。
佐久間次郎。
不動は佐久間が苦手だった。初対面ではない。以前散々な目に合わせて和解どころかそれ以来選考試合まで会うこともなかった。
だから気まずいということではない。ただひたすら不気味に思えるのだ。

大会中は同じ寄宿舎で寝食を共にしているが序盤佐久間の不動への警戒心はまるで不審者や犯罪者に向けるような容赦の無いものだった。全く隠さず臆さず監視するように睨み付けてくる。
当然の事だ。
ともすれば死んでいたような目に遭わされた上、謝罪は愚か罪悪感も無い相手に友好的な態度をとれる人間などいない。

しかしそれでも予想よりははるかにぬるい反応であった。
選考会での再会の瞬間に殴り殺されてもおかしくないと思っていたが彼は忙しく視線を送り、薄い牽制を仕掛けるだけだった。
拍子抜けだが名門校のお坊ちゃんではこんなものなのだろうと内心嘲った。
その後選抜落ちした彼が本戦から正式入団し再三の再会。それでわかったが呆れ返ることに佐久間の警戒は自己防衛ではなく他のメンバー、ことに鬼道に対し不動が某か企てるのでは無いかと目を光らせているだけであった。

不動は佐久間の認識を間の抜けた馬鹿と改めた。

さらに共同生活の中でその認識をより確実なものとする。
間抜けというよりどじという方が正しいかもしれない。例えれば真顔で塩と砂糖を取り違えるような奴だとわかった。何も無い所で躓いたり、全く気付かず他人のジャージを着て、持ち主が探していると捜索に参加したり、
宛がわれた自室を間違えて、隣室に入るなんてこともよくあった。
とぼけた奴だ。
雑談で周囲が一斉に笑ったあと、ワンテンポ後ではははと笑い出したりする。

容姿から得る印象とはかなりの差があるのだ。

意外な要素に代表団のメンバーも驚いていたが害の無い間抜けというのは可愛がられるものらしい。古い付き合いの鬼道によると帝国でもこの調子であり、全くの素のようだ。

代表として以前に面識がある。
それも結構な期間を共にした。
その間こんな人間だとは知るどころか予感さえさせなかった。やはり不気味だ。わからない理解しがたい。

そんな不動の微妙な心持ちなど知る由も無ければ興味も無さそうな佐久間。
不動が誰かに話し掛けたりしない限り、あの無遠慮な警戒心も発揮しない。

業務的な会話でも誰かと話せば敏感に反応する。む!とでもいうような顔をしてじっと睨む。
睨む…

睨まれていると思っていた。
だがそのうちに何だか幼い子供が集中して見ている、程度の視線でしか無いように思えてきた。最初からそうだったのか変化したのかはわからないが、つまり、それほどの迫力は無い。

そうなると睨まれているよりもはるかに居心地の悪いものだった。

悪さをしないように見張っている。
その保護者のような視線というのは全くの未経験である不動にとって、気味が悪くて仕方がないものであったのだ。


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