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ヒロトの過呼吸症から瞳子は施設と父親の企ての全貌を暴き始めていた。

精神面から引き起こされていた過呼吸症を職員の誰も把握していなかった事と、一部の子供たちだけで対応していた事でずさんすぎる運営の原因が少しずつわかってくる。
やはり父の関与が強い。
あまりにも職員が怠惰である事、追い詰められた子供たちの様子、洗脳的なしつけ諸々…
あの夜強く感じた“見落としている何か”とは、既に子供たちの半数は現状を受け入れ父を師事し、崇拝の域に達していた事。子供たちが受け入れている状態ならばそもそも異常が表面化する筈が無かったのだ。
教育を洗脳にすり替えた犯罪である。
もちろん職員も皆父の下についているのだろう。
父には何らかの“目的”がある。それに囚われている職員らは既にただの管理者に過ぎない。
この1年で体罰と心理操作の証拠を掴んだが、指示を出しているはずの父親に繋がるものが何も無い。瞳子は法に訴えて、全て白日にさらすつもりでいた。
大事になるだろう…世間も大いに騒ぐだろう。子供たちも奇異の目で見られたり、つらい思いをさせるかもしれない。葛藤はもちろんあったが、成さねばならないとわかっていた。
救い出さなければ。

…それでも風介は間に合わなかった。

瞳子には、ヒロトも風介も晴矢も、皆自分の至らなさの被害に遭った哀れで悲惨な子供に思えた。
風介は晴矢に蹴られ、窓の桟で背中と頭を少し切った。頭の怪我は大したこともなかったが、背中は5針を縫う傷になった。
それも基を辿れば自分が阻止できなかった一時帰宅が引き金ではないか。
我に帰った晴矢のあの取り乱した様。
叫び、その場に突っ伏して号泣した晴矢を、風介は這って抱き締めた。
こんな風に、寄り添うように支えあってきた半身のような友人を、晴矢は心底護りたかったはず。
床にうずくまる晴矢の背中を抱えたまま、風介は静かに気絶した。

背中の傷と肋骨の骨折で入院になった風介が、まず一番にしたことは、瞳子への口止めだった。

「骨折の事は晴矢に言わないで」

これまでの2人の人生は、激動と呼ぶにふさわしいものだ。
晴矢はこれをきっかけて、手が出る“癖”が無くなった。
自らの反省で制したというよりもほとほと嫌になったという疲労が理由だったかもしれない。
なんにせよ自制能力が欠如していた晴矢は、この件で大きな成長を見せた。
しかしどうしてもそう決めたのか、風介とまるで関わろうとしない姿が晴矢の葛藤を示していた。

一方の風介は、入院中こんこんと眠り続け、朦朧と目覚め、起きている間は時々指を噛んだ。
話しかけても特に反応は無く、頭に負った切り傷が何か脳に影響を与えたのではと様々な検査を行ってみたが特別なにという事も無かった。瞳子は嫌でも施設に来たばかりの風介を思い出した。
もしかしたらまた、声を…
ヒロトがしきりに会いたがるが、このままで会わせる訳にはいかない。
ヒロトはヒロトで不安定な状態が続いていたし、過呼吸の症状も治まっていなかった。この姿を見ては驚くだろう。
1人部屋だったはずのヒロトの部屋に風介が居たのはあの発作を心配してのことだったと言う。
「どうでもいい理由で来るんだ。部屋が遠くて戻るのが面倒だとか、こっちの布団の方がやわらかくてきもちいいとか…
わけわかんないのが、クイズ出してあげる、とか」
風介は優しいよね、姉さん。
苦しいだろうにヒロトも風介も父を責めない。
瞳子にはそれが不思議だった。

やがて風介は退院し、何事も無かったかのように施設の日々は過ぎていった。
卒業、入学。
とうとう瞳子は再び施設を離れて行った。
苦悩を抱えた子供たちを再び置いていくのは辛かったが、しかしひとつひとつ解決していくのは最早無謀だ。中学生になった彼らの心を信じよう。
大学を卒業した彼女はいよいよ実父との直接対決に挑む事を決めたのだ。

「無理するなよ」

出掛けに言われた晴矢からのひとことが、瞳子には心底ありがたかった。




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