date 18:




『はなさないで』

晴矢は夜中に目を覚ました。
鳥が鳴いている。朝?それにしては暗い。
枕元の時計を見ようと頭を上げて思い出す。ここは施設ではない。いつもの自分のあの部屋ではない。
祖父母の家。
晴矢は時間の確認を諦め再び頭を枕に乗せた。


うまく事が進めばの話、
晴矢は祖父母に引き取られる可能性があった。

施設を離れる日が来るかもしれない。中学に上がり、度々こうして祖父母の家に“一時帰宅”するようになった。
会ったこともなかった祖父母だが誕生日やクリスマス、年始や進級のお祝い等をその都度贈ってくれた2人には、晴矢は心底感謝していた。
小学校を卒業してからの春休み、初めて2人に面会した。初めこそ緊張したが手紙や電話で言葉を交わしあってきたためにぎこちなさが消えるのにそう時間はかからなかった。
会ってはじめて知った事だが、祖父母は母方であるということ。また、母には妹が居て、自分には他にも親戚が居る事。そして初対面だと思っていたが、8年前の父母の葬儀で一度2人には会っていたらしい。
欠陥だらけに思える自分を本当に無条件で慈しんでくれる祖父母ははじめ晴矢には理解しがたい存在だった。
風介のような虐待をされたわけではないが、両親が晴矢に対して冷たかった事は覚えている。
徹底的に無視されていた。衣食住に不便を感じた事は無かったが、思い起こせば名前を呼ばれた記憶すら無い。今さらどうでもいいことだが、それが晴矢の根にある以上、肉親の情などわかるはずも無かった。

(…でも、風は…)

相変わらず風介との接触を拒んでいた晴矢だったが、風介もあれから何度か“一時帰宅”をしていた事を知っていた。
瞳子が去った以上止める人が居ないのだが、その必要は無さそうだった。戻ってきても、以前のように怪我をしてたり何か様子がおかしい事も無かった。
母親は改心したのだろうか。
不思議と心配に思う気持ちもわかなかった。
晴矢は風介の存在を居ないかのように振る舞っていた。

『それでいいと思ってるのか』

一度、玲名にそう言って睨まれた事がある。
晴矢は帰宅からいつもたくさんお土産を持たされて戻って来る。珍しいお菓子や流行りのゲーム、漫画雑誌や文房具。晴矢が戻るといつもそれらを目当てに施設の子供が群がってきた。
もう全く恐れられる事は無い。
『よう玲名。ただいま。お前もなんか菓子食うか?』
『……お前、練習は』
『は?』
『……部活』
誰を殴ることも無くなってから、ほとんどの子供たちは再び以前のように晴矢と交流するようになっていた。その一方でぐんと距離が隔てられたのが、ヒロトと玲名、言わずもがなの風介である。
『休むって言ってあるよ』
『調子に乗って…
1年でレギュラーなんて、やっかまれてるんだろう。さぼっていいのか』
もとからきつい言い方をする玲名だが、最近ではきついだけでなく刺々しい。そう感じているのは晴矢だけなのでおそらく晴矢にだけなのだろうが、そんな態度をとられるような覚えはなかった。

ところでヒロトは最近施設に帰ってこない。
“父さん”の家に居る。
晴矢はなんとも思わなかったが多くの子供は妬んだし、玲名はいやに心配していた。これに対する風介の反応はどうだったのか晴矢は当然知らなかった。

風介は全くの無関心だった。

里親である“父さん”との精神的なすれ違いや一方的なプレッシャーなんかでヒロトはこの頃今にも押し潰されそうなぎりぎりの日々を送っていた。
これに風介が無関心というのは完全におかしいのだ。玲名は瞳子にこの異常を報告したが、瞳子はヒロトと父親の事で手一杯。風介にまで手が回らない。そこで玲名が“アテ”にできるのは晴矢しかいないのが現実だった。
しかし晴矢は風介の存在そのものを無視して長い。
晴矢に特別厳しくするのはその態度が気にくわないのが一番の理由だったが、晴矢には特別それが堪えているような様子もない。怖いもの知らずの性格は、近頃高慢という感心し難い短所に変化しつつあった。



『はなさいで』

晴矢は夜中に目を覚ました。

廊下から小さく足音がする。まだ外は真っ暗だった。
(『はなさいで』…?)
何の夢だったんだろう。
夢をあまり見ない晴矢だったが、そのせいか夢の内容は非常に鮮明に思い出せる。しかし今見た夢は思い出すもなく早速忘れてしまっていた。
(……前にもみたな)
そう思ったが、それでもやはり思い出せない。思い出そうとすると眠くなった。
(やめよう、)
(だめ)
「えっ?」
目が冴えた。今の声はなんだ?
「………」
晴矢は周囲を伺いながら、ゆっくり上体を起こしていく。今は1人でこの個室を使っている。他の誰かの寝言や一人言なんてことはありえない。
(……『だめ』?)
確かに聞こえた。
…いや、聞こえた…?
暗闇の中で頭を捻らせてみたが、どうにも聴覚の捉えた声では無かったように思えた。すると内側。自分から生じた言葉ということ。
それは余計に理解し難い。
(だめ?なにが?俺なんかやっぱ寝ぼけてたのかな)

再びゆっくり布団に戻る。
先程聞こえた遠い足音が扉の前を通りすぎ、反対に向かって遠くなる。

ああ、ここは、俺の部屋だ。
枕元には時計があって、10年暮らした子供の家だ。





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