※ 一人称・捏造氏名他注意
※ 源佐久



180cm×180cm×230cmの箱。南棟のエレベーターは少し古くて音がうるさい。
金はあっても無駄遣いはしない、帝国の経営はいつもシンプルだ。使える物は最後まで使う。そのくせ講堂なんかはやたらと豪華で遣い処が粋だよな。

だからほら、
こうなる。




トラブル×トラブル
【 trouble×trouble 】





お手上げだ、ちくしょう。
非常通信機も止まってるし、今は携帯電話も持ってない。扉を叩いても反応は無い。最悪だ。なんの罰だ。
「ハァ…」
「………」
止まってしまったエレベーターの中には源田の他にもう1人居た。しかし携帯電話を使う様子が無いあたり、たぶんむこうも持っていないのだろう。
よく知る生徒だが今はひどく話しかけにくい。相手は非常に不機嫌だし、俺も思うところがあるし。
むこうから話しかけてくるなら話してやってもいい。
そんな子供っぽい意地でこの広くない箱は支配されていた。


…じき、一時間経つ。

腕時計の文字盤が蛍光色に浮かび上がる。16:47。そろそろ誰か気付いて欲しい。
佐久間の動く気配がする。
内壁に寄りかかったまま、床に座ったのだろう。源田も黙って床に腰を下ろした。
(…寒くないかな)
暗闇にうっすら感じる佐久間…もう一人の被害者を見る。狭い空間で誰とも接しないで人間1人で放り込めば、きっと頭がおかしくなるな。そんな訳でもう限界だ。
源田は扉の近くから、最も遠い対角線上に座る佐久間を見た。一息置いて、いざ。
「お前、ケータイは」
「……ない」
「………」
「………」
無視はされなかったけど…限りなくそれに近い反応。怒ってる?こっちだって同じだ。
わからず屋はそっちなんだからな!
と、心の中で叫んだところで伝わらないし聞こえないし。
でも、とにかく俺は…怒って
「怒ってる?」
「……え?」
「…怒ってるの、源田」
「…え、…いや…」
「嘘。だって黙ってたもん」
「………」
そりゃあ、怒ってるけど。でもなんか違うっていうのもわかる。
(嫉妬って醜いなぁ……)
しみじみ思う。
怒っても仕方無いんだ。本当はわかってるけど。
「そっちこそ」
「怒ってない」
「嘘だ。眉間にシワが寄ってる」
「……怒ってない。見えないくせに」
「………じゃあこっちこいよ」
「………イヤ」
ほらな。

なんだって今回に限ってはこんなに意地を張るんだろう。いつもの素直さはどうしたのだろう。
「じゃあ俺が行く」
「イヤ!」
「ほら、やっぱり怒ってる」
「…今はイヤ。もう少しだけ待って」
「…?」

気まずさの発端は朝の登校時の彼女の言動一部と、昼の昼食時の俺の言動一部。…に対するお互いの態度。
源田は朝のことを思い出した。

大抵の生徒が胸を反らすくらいにして自家用車から歩き出て、ドアを開けながら頭を下げる運転手には一瞥も無い。そういう朝の光景の中、佐久間は自分でドアを開けて運転手に丁寧にお礼を言って恥ずかしそうに車を降りる。そういうところは好きだけど。
運転手のガードが無いから車を降りた途端に花束を送り付けられたり手紙…所謂ラブレターを押し付けられたり、佐久間は目を白黒させながらそれを断らない。断れない。ラブレターなんか無視すればいいのに、ちゃんと読んで返事をする。当然、仕方ないとは言えそのラブレターに赤面するのなんか見たくないんだ。だから今朝はもう我慢できなくて、佐久間が車を降りてすぐに手を握って校舎へ向かった。
『あのなぁお前、無用心過ぎる』
『何言ってるんだ?内緒にしようって決めたのにみんなバレちゃったじゃないか!』

ああ、忘れてた。

源田と佐久間が付き合っていることは部の仲間しか知らなかった。源田は公言してもよかったのだが、佐久間がとんでもなく恥ずかしがるからやめた。
結果いまだ望みを持って佐久間に言い寄る輩が絶えない。
『もういいだろ。バレても。これで朝の告白合戦から解放されるぞ?』
『…源田…はずかしくないの』
『全然。ホラ、その手紙寄越せ。全部捨てる』
呆れた事にこの状況でも手紙を渡した奴らが居て、それを律儀に受け取った佐久間。源田はひょいと手紙を奪って昇降口のゴミ箱に捨てた。
慌てて後を追ってきた数人の生徒が手紙を渡した張本人だろう。目の前で想い人の恋人に手紙を捨てられる。これ以上の完敗はあるまい。
それなのに佐久間はゴミ箱から手紙を拾い、何するんだと源田に怒る。
さすがの源田も腹が立った。
『じゃあもう好きにしろ!』
『!………』
今下駄箱を開ければまた手紙は増えるだろうに。もう知るか。

源田は午前中不機嫌だった。

昼休み、教室で昼食の準備をしていたら、源田はクラスの女子数人にぐるりと回りを取り囲まれた。
そして詰問される。
“源田くん、佐久間さんと付き合ってるの?”
源田が何を言う前に、女子生徒たちはやんややんやと質問攻めにしてくるものだからある意味佐久間は正しかったのだなと痛感する。バレるとこういう事態になるわけか。
今、他クラスの佐久間が男子に同じ目に遭わされて居るのではないかと心配になる。
だから源田は驚いた。
女子生徒の群れの向こうに、教室の扉の側に立って唖然と様を見ていた佐久間に。
『佐久』
『!』
目が合ったら逃げられた。
誰か状況を説明してくれ。


そして放課。今現在。

気まずいままに授業を終えてどんな偶然でわざわざ今、今日、この時に、
2人きりで止まったエレベーターに取り残されなくてはいけないのだろう。
昼休みに佐久間を追っても会えなかった。メールをしても返ってこないし電話も出ない。たぶん家に忘れたんだろう。そういう奴だ。
「今はやだってなんで」
「……やだから」
「……」
たまにこうなる。子供みたいになったりする。
「それじゃわかんないだろ」
「…怒ってないの、源田。
私無視して逃げたのに」
「別に」
「…じゃあもうちょっと待って」
「………」
暗闇に目が慣れて来た。
「佐久間、あぐらかくな」
「げっ…なんで」
「見える」
「うそぉ…」
佐久間が足を直す間に源田は佐久間の隣に座った。拒まれはしない。少し体をくっつけてみる。柔らかい腕。佐久間もぺたりと寄り掛かってきた。

「…ごめんね」
「怒ってないよ」
「……私はちょっと怒ってる」
「………」
二の腕に額をきゅっと押し付けてくる。こういう仕草に源田は弱い。
「…なんで」
「わかってるんだけど」
「なにを」
「だから」
「へたっぴ」
「………」
説明とか意見ならわかりやすくすらすら言えるくせに、感情とか気持ちを伝えるのはこんなに下手だ。異常に。
「ハイ、ゆっくり」
「…私が手紙を貰うのは、嫌なんでしょ」
「そうだな」
「返事をするのも、もしかして…嫌なのかな」
「そのとおり」
暗く静かなこの中で、佐久間の声だけ聞いている。状況のわりに源田は楽しんでいた。何故今、とは思ったが、むしろ仲直りのチャンスになったし。
「お前がそういうのを無下にできないのはわかってるけど。でも俺が居るのにとも思う」
「…ごめん。でも手紙を受け取るのは、私も貴方の事が好きだからだ」
「………」
「源田?」
「いや、悪い。続けて」
佐久間の発言が源田の想定を越えることは珍しくない。それに驚かない事はできないが、多少は慣れてる。多少は。
「それで?」
「…私は源田を好きだから、誰かを好きって気持ちはわかるつもり」
「うん」
「だから私に好意を寄せてくれる人の、そういう気持ちが…私にもわかるから」
「…うん」
「だからちゃんと断りたいんだ。好きな人が居るって伝えれば、わかってくれると思うから」
源田は佐久間の手を握った。柔らかく、少し荒れた手が握り返してくる。
「でも怒ってるのは別のこと」
「うん?」
佐久間は一呼吸置いてから、さっきよりもずいぶん小さい声で話す。
「女の子達に囲まれてた源田を見たら…なんか悲しくて…悔しくなっちゃって、腹まで立って」
(お、意外…)
「そしたら源田も毎朝こんな風な気持ちになってたのかなって思って」
「うん」
「……恥ずかしくなって逃げました…」
「…なるほど」
で、自己嫌悪でぐるぐるしてるから“側に来ないで”か。
「…そうだな。イライラはしてたけど。でもお前にじゃなくてお前に言い寄るやつらにだよ」
「……?」
暗くて見えないけどきっとぽかんとした顔してるんだろうな…
「俺のものに近付くなっていつも思ってた」
「お、れのって…」
「俺だって人を好きな気持ちはわかるけど、でもお前みたいに寛容じゃない」
源田は佐久間の頭に手を乗せ親指で前髪を横に寄せた。
「実は物凄く我慢してきたんだ」
「え…」
「本当はすごく嫉妬深い」
「そうなの…?」
「そうなの」
額に軽く口付ける。肩を抱えてだきよせる。
佐久間が笑った気配を感じて、これで仲直り、かな。

あとはエレベーターが動き出せばいいのだけど。





2011.12.11






***

ヒロ様からのリクエスト「やきもちやきあう源佐久」でした。
本当に長らくお待たせして申し訳ありませんでした。しかもあんまりやきもち感出てないですけど。返品可ですので…!
ではリクエストありがとうございました!ごめんなさい!


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