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晴矢は小学校の最高学年に上がっていた。
この冬を越せば中学生。例の発作は驚くほどに鎮静していた。

風介を殴ってしまったためだ。

それからまともに会ってないし、話してもいない。晴矢がどれだけ後悔しているかわかっているから、ヒロトも瞳子も責めなかった。
ただ気まずいから会いたくないとか、罪悪感で話したくないとか、そういう次元の話では無い。
風介も晴矢を責めなかった。それが死ぬほど辛かった。

やはり夏だった。


この年の春から晴矢は風介のすすめとヒロトの助けでフットボールクラブに通い始めていた。
元々運動神経の優れていた晴矢はすぐにサッカーの才能を開花させ、多くのチームメイトが幼少から続けている中でそれでも経験の差をものともしない優秀な選手に成長した。
手が出る“癖”のせいで人との当たりに萎縮しがちになっていたが、試合や練習中に誰かを殴ることは無かった。短気に負けて練習を投げ出すことも無い。
彼の中で滞っていたストレスや憂鬱や負の感情はサッカーに打ち込む事でほとんど解消されるようで、以前の明るさを取り戻しつつあった晴矢が、
何故風介を殴るに至ったか。

この時のことを晴矢はノートに書き残していた。忘れてはいけないことだと思ったのだろう。
これが後の“戦記”のきっかけになった。

8月19日
風介を殴った。風介は入院した。背中を縫った。おれのせいだ。

このひと月前に風介は一度“家”に帰っている。
晴矢は恐れた事態が起きた事で大丈夫と言った瞳子を責めた。
風介の帰宅には…一時帰宅ではあるが、経営者である瞳子の父親が何故か直に関わっている。それに抗議すれば折角見付からずに済んでいた企てが勘づかれてしまうだろう。仕方無しに黙っていたが、晴矢に責められた事で瞳子はひどく動揺した。
車に乗りたがらない風介と風介の手を離さない晴矢。乗り込む寸前、風介は晴矢にしがみつくように抱き付いた。
無理に引き離される瞬間の、2人の姿が忘れられない。
あれを守らなくてはいけなかったのに…

結果、つねられた痣を創って風介は帰ってきた。
風介を犠牲にしたような罪悪感が瞳子をさらに責め立てた。
晴矢は瞳子を避け通したし子供たちの態度は職員らに対するものとほぼ変わらないものになってしまった。信頼を裏切ったのだと痛感した。
変わらないヒロトはスパイだと陰口を叩かれたりしていたが、いつかのように庇ってくれた。裏切られたはずの風介までもが。

「瞳も嘘つきだ」

晴矢が風介に言ったところを偶然耳に入れてしまった。もうこれ以上落ち込みたくはなかった。
「仕方なかったんだよ…」
風介が晴矢を諭すように言う。晴矢の苛立ちは増すばかりだった。
「なにがだよ。お前、それ母親にやられたんだろ」
「これぐらい平気。大丈夫」
「会ったんだろ」
「……まぁね」
「会わせたくなかった」
「………」
覗き込むと2人は互いに寄り掛かるように座っていた。背中しか見えない。しかしその背中に瞳子は包帯にまみれていた小さな風介を思い出した。
「18でさ…ここ、」
「うん」
「出ていかなきゃいけないだろ」
「うん」
「……それまで、…」
「………」
言葉にならないのだろう。
サッカーを始めてから晴矢はこれまでにない安定を見せていたが、この頃はまだ癇癪が完全になくなったわけでは無かった。時々は物に当たる。
なにより風介が居なくなることが寂しいのだ。
一方で不思議と反比例するように風介が安定を欠いていった。
一時帰宅の後に予想していたパニックや自閉、自傷は全く無く、落ち着いている様子だったのが少しずつ少しずつ変化していく。そんな折にまた母親からのプレゼントや手紙が届く。一番の変化はそれらへの拒否が以前よりずっとあからさまになっていた事だった。
おもちゃは徹底的に破壊して、手紙は読まずに燃やすか破く。お菓子は施設の庭にある池に沈めてみたり砂場に埋めたり。
異常に思える行動だった。
瞳子やヒロトがどんなに止めてもやめなかった。そうしなければいけないかのようにして、風介は贈り物を壊し続けた。

安定を欠いた風介に、晴矢は一時また不安定になった。
サッカーを始めて練習や試合を通し、成長が見えていたはずの矢先。風介が部屋で1人指をかじっている場に帰宅して、瞳子にボールを蹴りつけに行った。血を流しながら指をかじる風介を気味悪がった子供も蹴った。
それからは風介の奇怪行動やヒロトに対して陰口を言う者、大人も子供も関係なく蹴るか叩くか、物を投げつけるようになった。時には瞳子の陰口にもその反応をみせた。そのうち徐々に風介の事で“キレて”いて、風介がそれを咎める事に苛立ちを見せるようになってきた。
あとはそれの積み重ねと繰り返しで、とうとうキレて風介を殴った。

風介は一切抵抗しなかった。声もあげなかった。

そしてやはり、
泣きもしなかった。






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