case03:父




眠る時、明日のことを考える。
そうしないと戻ってこれない気がするからだ。
「ヒロト」
風介がたまに隣に来て、怖い夢を見そうだからとか明日起きれる自信がないとか、
しれっと嘘ついて寝転がる。
「明日もクラブに行くの」
「あ、うん。6時過ぎまで…」
「そ」
「…うん」
素っ気なく明日の話をして、興味無さそうに返事。
「おやすみヒロト。また明日」
「おやすみ…風介」
「………」
「………」

“また明日”

風介の言葉はいつも偉大だ。優しくてきれいで暖かい。
でも、やっぱり変な子だけど。


近頃施設の様子が変なのはみんなどこかで感じているはず。
前よりもずっと個々が減った。誰かと必ず一緒に居て、ひっそりしてる。食事でもそう。毎回決まったグループで座って、すべて賑やかということが無い。
こわいのかな…
たぶんそんな感じ。うまく言えないけど。風介も今は大変。姉さんも大変。
おれもおかしくなってきた気がするよ…。兄さん、どうしよう。時々うまく息ができなくなる。ここには不安が詰まってる。

…兄さん…
でも一番は父さんだよ……
心配だね。

「ねぇ、顔色が悪いわね」
「そう?」
「…頻繁なの?その…、アレは」
スパイクを磨いていたら姉さんが来て耳打ちした。別に内緒にしてないんだけどな。秘密にしてたのは姉さんにだけなんだよ。なんて言ったら怒る?悲しいかな。
「ときどきだよ」
「……お医者様へ行く気は無いの?」
「うーん…大げさじゃない?」
「………」
「………」

過呼吸が初めて起きたのは姉さんが施設にあまり来なくなってからだ。

きっかけが姉さん、ということも無いだろうけど。でも淋しかったのは本当だし、おれに会いたくなさそうな姉さんに会うのは辛かったしなあ。
…だからって姉さんが原因なはずがない。心当たりならちゃんとある。今はそれなりにうまく付き合ってるし、幸いにも夜中とか明け方とか、1人で居る時間の時しか出てこない。風介にはばれちゃったし、玲名にはみつかっちゃったけど。
「……精神的なもの?」
「え?さあ…」
「…癖になってるなら治した方がいいと思うけれど」
「そんなに頻繁じゃないよ。大丈夫だから」
姉さんにばらしたのは、玲名なんだよね。たぶん。姉さんに見つかった時風介は一緒に居たし、別に問い詰めるつもりはないけど、なんかちょっと避けられてるような気がするし。

──読んじゃえばわかるけど、
しない。

姉さんが知ってしまったってことは、父さんにも話しちゃうかなと思ってたけどそれは無かった。それから何度会っても、父さんはその事を話さない。本当に知らない。姉さん、どうしてだろう。

「ところでヒロト、サッカーは楽しいですか?」

…姉さんは困ってる。
父さんが俺を……
「はい。楽しいです」
「それはよかった。不便はありませんか」
「いいえ、なんにも」
「それはよかった」

……俺はヒロトでは無い。

いつ生まれた言葉だろう。
俺は名付けられた“ヒロト”を受け入れているつもりだった。全然かまわない。だって本物を知らないし、父さんも姉さんも“違う”って事をちゃんとわかってる。
でも父さん、忘れたのかな…
知ってるのに、わかってるのに知らないフリだね。
姉さんとは反対だよ。姉さんは俺をきちんと見分けてる。どんどんそれがはっきりしてきてる。兄さんも忘れてない。名前が同じということだけが、姉さんの中で不自由だ。だって姉さんには兄さんもヒロト。弟もヒロト。変な感じだよね。
父さんは反対に、俺と兄さんが混じってきてる。大丈夫かな。父さんは父さんで、変な感じ。でも大人はわかりにくいからなあ…

「父さん、おれは兄さんとは別ですよ」

言ってからわかった。

父さんにはどちらも同じ。
兄さん、どうしよう。
おれは兄さんになればいい?でも姉さんはどうするんだろう。会ったこともない兄さんにどうやってなろう。なりたくは無いけど。兄さん、可哀想だし。
でも父さんがおかしくなっちゃいそうだ。
殴られるなんて初めてだった。そういえばおれは“ヒロト”を知らない事になっているものね。
ドジ踏んじゃったかな。
でも遅い。

父さんごめんなさい。
姉さんごめんなさい。
兄さんごめんなさい。

ヒロトヒロトヒロト


「どうしたらいいの……!」
過呼吸は酷くなるばかりだ。
おれは失敗ばかりする。
こんな力なんのためにあるんだろう。無い方がよっぽどいい。自由だよ。心が自由だ。
『地域クラブは辞めなさい。お前のレベルに合ってない』
『お前は海外でも通用する実力を持っているじゃないか』
『スポーツクラブのチームに入れます。遊びのサッカーなら施設の子供とやればいい』
(レベルの低い地域クラブに入っているなんて恥ずかしい)
(何をのんきに弱小クラブで)
(世間様に何と思われるか。まったく、恥ずかしい)


「ヒロト、君は…」
「………」
「恩人だから」
「……恩人?」
「声が無かった子供を救った」
暗い部屋で風介が言った。
「………」
「忘れちゃったの?その子は感謝しているよ」
息は、苦しくて苦しくて、涙まで出てくるくらいになっていた。それがやっと治まった夜中。
「ヒロト、感謝している」
「……ふう…?」
「君はきっと神様だ」
「………」
「だからそんなに優しいね。でも自分にも優しくしなよ」
たまらなくなって布団の上で風介の手を握った。暗い部屋だけどおれには見える。風介の目は真っ直ぐだ。
「ヒロト」
「…なに」
「忘れちゃだめだ。
君はヒロト」
「知ってる」
「君はヒロト」
「うん」
「それを君まで忘れてはいけない」
「…風、でも」
「その子にとってもヒロトは君だよ。君はヒロト。君は、ヒロト。
それを大事に、隠しておこう…」

ぼくらで…



父さんごめんなさい。
姉さんごめんなさい。
兄さんごめんなさい。


おれに家族をくれたのに、おれはおれのままで居るから。





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