あからさまなため息。もうやる気なんか何処にもない。

『佐久間なら来れないぞ』

衣装合わせの後にやってきた鬼道は腹の前に抱えたボードを見ながら不動に向きもせずそう言った。
『はぁ?』
交通費の礼を言おうと近付いただけだった。自覚のある沸点の低い怒りがさっと込み上げすっと下がる。
(…来ない…?)
つまり会えない?
『………なんで』
『さあ』
鬼道は鬼道で腹を立てているように見えた。八つ当たりされるいわれなどないが、鬼道の怒りに興味は無い。
合同練習にも身が入らない。うるさく言われるのは癪だからそれなりには動くけど。
『不動、ちゃんとやれよ!』
まぁ“それなり”だと世界を見てきた目にはばれる。円堂をはじめ注意はされるが、責める気迫は不思議と無い。
すると休憩時間に吹雪がすっと隣に立ち、ぽそっと一言。
「不動君…佐久間君来なくて寂しいんだね」
「……は?」
「わかるけど、明日の試合はちゃんとやろうね。折角代表選手のためにセッティングしてくれたんだから」
「…違えよ」
「うん」
にこっと笑って離れて行く。今度は風丸がやってきて、吹雪と同じことを言う。
「だから違えよ」
「だから?一回しか言ってない」
「…なぁ、ひょっとして全員そう思ってんのか」
「…まぁ……。だろうな」
今度は綱海が後ろから肩を組んできてやはり言う。
「寂しいのはわかるけどよ、佐久間はどうしたってこれねぇんだから腐っても仕方ないだろ?」
「だァら違ぇって言ってんだろ!なんでそうなんだよ!」
広いスタジアムにわめき声が恥ずかしく反響したが、代表の面々は誰も何もとがめない。
よせ。やめろ。なんでそんな…
佐久間が来なくていじけてるなんて思われるんだ。

『楽しみでさ、不動には会えるのかなって思ったら…』

…嘘つきだ。

深夜、豪華なベッドの上でやはり不動は眠れない。
約束した気でいたのが一方的なのはわかってるけど。でも自分からそんなこと言い出しておいて、わざわざ電話まで寄越しておいて、そうか。そうだ。言い出しっぺが来ないみたいな。そんな感じ。このイライラ。
いつの間にか東京に来るのは祝賀会でも試合でもなくて、代表の面々に会うことが目的となっていた。試合ができる。それは楽しい。祝賀会に参加する。未知のものだ。興味はある。
しかし満たされないだろう。全員顔を揃えなくては気がすまなかった。佐久間のアホめ。
(寝れない…)
長旅に疲れた体が、柔らかい寝台にずぶりずぶりと埋まっていく。柔らかくて心地いい。しかし最後には動けなくなる。気付いてもがくも抜け出せない。綿がみしみしと体を絞める。必死で息を。
夢だった。
汗だくになって目が醒める。迫る布団も何も無いが、今宵も生き延び生還できたとカーテンから射し込む朝陽が告げる。

不動はいつか自分は負けるとわかっていた。

闇に死するとわかっていた。おとぎ話の類いではない。きっとこうやって死んでいく、その予感は痛烈だった。
「………、はァ…」
少しずつ首を絞められていく。

(………)

「走りに行く」

もう起きたのかい?と目をこすり同室のヒロトが体を起こす。不動は寝間着にジャージを羽織り、スニーカーを履いて部屋を出た。
陽が昇るだけ影が逃げる。それを見ながらひたすら走る。
河原まで来ると歩いて戻った。汗が冷えきって寒かったが、走る体力は最早なかった。


「不動君、お風呂入りなよ」
部屋の戸を開けると同時にヒロトの声。どこか不機嫌そうに聞こえる。
「…シャワーは入る」
腰に手を当て仁王立ち。ヒロトは威圧的では無いが、何故か不思議と逆らいがたい。
「だめだよ。お風呂に入るの」
「……朝食は…」
話を反らそうと試みるが…
「お風呂に入ってからおいでね。湯船にだよ。しっかり暖まっておいで。食堂で待ってるからね」
きっぱり言われて顔をしかめた。

浴室に入ると湯船にはられたお湯がもうもうと湯気をたてている。
『しっかり暖まっておいで』
冷えたタイルから湯船に足を突っ込むと、血が瞬く間に巡りだす。関節すらうまく曲がらないがちがちの体を湯に沈める。
もう少し、余裕が欲しいよな。
こういう他人に気遣いできる余裕っていうのは、基山にしろ、…佐久間にしろ。
どこで身につけるものだか。
だぼ!と湯に潜り耳にじわじわと熱を取り戻す。

…ここに居る時だけ、本気で戦えるんじゃないか…

世界大会での熱意を思い出す。俺は必死だった。今日の態度はそれを踏みにじる。
夜の試合までの練習を、不動は真摯に取り組んだ。
たった1人に会えないたかがで沈んでいたのが不思議になるほど。
それでも試合では痛感した。
不動の描くゲームの姿にうまくならない。
いつも素晴らしいタイミングに、絶妙の場所を取る佐久間は居ない。友人の不在が不動の動きを鈍らせる。緻密さが求められる不動の進撃に佐久間はいつも応えていた。時には期待以上の仕事で。


「不機嫌だなぁ」
祝賀会が始まると、不動はますますもって大人しい。鬼道が笑って過ぎていく。
くそ、お見通しか。
舌打ちが出る。
窓辺に立つと去っていく年が見える気がした。
転機と、挫折と、努力、成長、挑戦、栄誉、…
そして今日。
(……終わるのか)
強烈な年だった。不動にとっては生涯に渡り忘れられない年になろう。

「もうすぐだね」

いつの間にか隣に立っていたヒロトが呟く。
「楽しかったなぁ…今年は」
「……優勝したしな」
「そうだね。忘れないよ」

きらびやかなパーティーホールを振り返ると、巨大な時計が今年の最後を刻んでいた。
「……あと、5分か」
「300秒だね」
「あっという間だな」
「あっという間だね」
「……」
「……忘れないよ」


外の冷えた空気をきって、除夜の鐘の音が響いてくる。

忘れないよと言った友の声をも、俺はきっと忘れないだろう。






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