act 08.



次子が獣に連れ去られてから10日あまりが経っていた。
勇気の気の落ちようといったらない。そして春奈の茫然振り。
見ていられない。

店は臨時休業の連日だったが本日ようやく再開した。旦那と勇気は毎日早朝から森に入り次子を呼んで探したが、さく日とうとう諦めた。
噂のカフェの看板娘が獣に食われるなどというあまりにも壮絶な最期を迎え、街は戸惑いに満ちていた。遺体が無いために明確化を避ける風潮が強かったのも、10日を過ぎれば誰もが思う。次子は獣に食われたのだ。
「やれやれ、元気を出さねぇといけねぇな」
そう言って腕捲りをする店主の声にも活気は無い。奥さんもすっかり無口だった。
店が開いたところで客足は無かったが、一家を心配して軒並みの馴染みが顔を出した。
よう、開けたのか。
やぁ、元気出せよ。
一家は慰めにも生返事だった。
夕方になると次子に憧れを持っていた書生なんかが店先に花を置いていった。
すぐ斜め向かいの和菓子屋で働く風丸には、時折カフェの正面の窓から幽霊のように店内を横切る奥さんの姿が見えていた。献花とその淋しい店の様子はあんまりな光景だ。気丈にしてきた風丸も、そう気張って見ていられない。
勇気はどんなに自責しているだろう。春奈はどんなにやるせないだろう。
せめて次子が苦しまずに逝けたならいい。それが最良というむごたらしさが更に悲惨だ。
獣……次子を食った罪は重いのだぞ。
今にもほうきを持った次子が店からひょいと出てくるような気がしてならない。そしてこちらにちょっと手を振る。
まったく言葉のかけようもないので店には行く気になれなかった。


葬式よろしく沈みきっている人々の事も知らないまま、次子は牢で過ごしていた。
食事は日に1度のみ与えられ毎度麦パンと一杯の水。
知能が高いなら肥やして食うのかと考えたが、この食事ではそれも見当違いのようだ。なんにせよ人が食える物を用意する事は驚きだ。方法はわからないが、パンなど森に落ちてやしないしコップの使い方も知っている。
獣は…獣では無いかもしれない。
目覚めると格子の隙間から突っ込まれたようなパンと水の入ったコップ。手探りで見つけた扉の奥には厠があったがやはり暗くて照明は無い。触れる格子は全て太く、丈夫だった。もし獣がどこかの朽ちた屋敷に住み着き利用しているだけならば老朽化が期待できたがそういう様子も無いようだ。
では獣はこの館の主人だろうか。
昼夜のわからぬ牢の中では日にちの経過も曖昧だった。次子はあまり眠らなかったが眠らぬ限り獣は地下に下りてこなかった。
どういうつもりなのか…
食うわけでもない殺すでもない。もはや獣とは思えなかったが魂胆はまるでわからない。
近々次子の気力も尽きよう。
牢は寒く、口に入るのは麦パンと水のみ。自分が弱りつつあるとわかっていた。
毎日店の事を思った。勇気が無事か知りたかった。
街まで間に事故に遭ったり狼や、もしかしたらあの獣の仲間なんかに怪我を負わせられていないだろうか。冷えきった身体がかあっと熱を上げ出して、その中でもとにかく勇気や春奈が心配だった。この状況でも自分の事は二の次どころか十の次。
喉が壊れた笛のよう。
次子は冷たい石の床に転がった。
手が凍ったように動かないのに頬や胸元は暑くて暑くて。汗をかくのに悪寒がする。
このまま私は目覚めないだろう。



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