気付いた事がある。

佐久間は姿勢が良い。
いつも板のような背中。細い首が余計に目立つ。反対に俺は猫背だった。
うなじまでしゃんと正された姿勢と無様にだれた俺の背中。背丈の差がますますついて、当時はなんとも思わなかった。

『部活には入らない』
『は?なんで』
『サッカーをやめる』
『……』
ばきっ。
暴力は
不動にとって衝動的なものでありながら、ひとつの伝達の手段と言えた。
もちろん本人に自覚は無い。あまりにも人道的とはいえない面、それは奇妙に欠損している。生い立ちのおかげといえばそうであろう。常識を持ちながら不動は“すこしおかしい”
『なんで』
『おんなだから』
『はぁ?』
『おんなだから』

拳をめりこませた相手が女の子だと理解できるまで、約1週間を要した。2年間同性として付き合ってきた佐久間は高校進学と同時に突然それをくつがえした。

『おんなだから』

不動は怒り、わめいたが、最後には諦め、あきれ、失望した。何よりも裏切られたと強く思った。あり得ない事態への驚きよりも、それを隠し通してきた佐久間が許せないと思った。秘密を自分にまで秘密のままでいた事が、悔しかった。
今“彼”は女子の制服を着て、不動とは縁の無いクラスに通う。
部活には来ない。そもそも入部していない。時折校舎のどこかで見かける。
許せなかった。悔しかった。裏切られた。本当に、佐久間が実はということよりもずっと、嘘をつかれていた事が何より不動には大きかったのだ。
非常識だとかあり得ないだとか、そんなことよりも裏切られたのだと。


「突飛すぎる」
「まぁな」
「お前も知らなかっただろ」
「さぁどうかな」
「真面目に答えろ殴るぞ」
二軍の練習場はクレーコートだった。毎日練習着が土まみれになる。帝国に進学した鬼道も、今は二軍に属す。それでも新入生としては2人共まずあり得ない位置である。
「ま、あいつ昔から謎っぽいっていうか、ちょっとなんか不思議な雰囲気があったからなぁ」
「お前そんな話し方するっけ。雷門で変になったんじゃねえの」
「うるさい2人共」
同期で二軍以上に居るのは不動と鬼道の他は源田のみ。同じ学年としてひとくくりにされがちだが不動も鬼道も大嫌いな源田には今の環境は苦痛だった。
「そーいや源田クンは知ってたんだよナァ?」
「なにがだ」
「アレアレ、あいつ。女だって」
「まぁ…」
「ケッ、クソが」
「………」
源田にとって不動は悪人だった。一方の鬼道は偽善者である。
どちらにせよ許しがたく耐え難い存在なのだが、あからさまな狂気よりも自覚の無い罪に対して今は腑に落ちない気持ちが強い。
鬼道はここに戻った理由を“帝国が心配だったから”だと説明した。説明は別に求めていない。あの日佐久間が倒れ部内が決裂する場を目撃し、何故突然にそうなったのかわからないが、そこで源田にはどうもずれて思える鬼道の責任感が“放っておけない”と感じさせたらしい。
放っておいてくれ。源田は心底そう思ったし、鬼道にも言った。別に今さらお前にどうこうしてもらおうとは思っていない。しかし鬼道の方もいつも通りで、源田の言うことなど聞きはしないのだ。

不動らは部活動を最優先とする、通称スポーツ特進クラスに所属している。
高等部第二課特進クラスというのが正式名称だが、第二課というのがその部活動最優先のクラスの総課名。その中でも特進は大学受験を視野に構えたクラスになる。
一方同期のサッカー部員で唯一勉学第一の第一課に進学した佐久間は、校舎の棟も違えばカリキュラムもまったく異なるので本当に見掛けない。見付けても遠くを歩く姿のみである。
人違いだったらいいのに、あの白髪頭は他に居ないし、あのスカートをはいて歩いているのは間違いなく佐久間なのだろう。
不動は校内で佐久間を見付ける度に思った。今も佐久間が部室に現れ、隣でボールを蹴る日々が在る気がする。今がどうしても受け入れられないまま、遠くでスカートがひるがえるのを見付けるのだ。
夢を見ているかのよう。
そして夢がさめれば佐久間がまた毎日に居て、部活に出て、ボールを蹴る。
それこそが夢でスカートが現実なのに、そんな気がしてならなかった。


近況といえばもうひとつ、高校進学と共に携帯電話を手に入れた。こちらの寮から母親に連絡し、欲しい機種を伝えて送ってもらった。
その時も佐久間は一度家に帰った方がいいと何度もすすめてきた。事実不動は上京からこちら一度も実家に戻っていない。佐久間は都度に里帰りを促したが、いつも鬱陶しく思っただけである。
『要るもんあっから文具店案内しろよ』
『いいよ。何買うの?』
『なんでもいいだろ』
『ここら辺文具店多いから欲しい物によって品揃えを考慮した店選びをした方がいいと思うけど』
『チッ、便箋だよ』
『あ、お母上に文を?』
『ちげえよ。それこそ関係ねぇだろ。なんだフミって、古くせぇ』
佐久間は携帯電話が苦手だという。
うまく使いこなせないし目がちかちかして画面を見続けていられないとか。だから挨拶や報告なら、自筆で書く手紙の方が好きなのだと。
あの時佐久間は不動が選んだものと同じ種類の便箋を買った。
『誰に出すんだよ』
『不動は誰に?』
『言わねえよバカ』
『じゃあおれも、言わねえよ』
くすくす。

不動は真新しい携帯電話に佐久間の番号を入れようと思って、やめた。
どうせもう関わることはないだろう。
佐久間は死んだのだから。
あの愛しき戦友は、もうどうしたっていないのだから。



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