date 14:



それはにじりよってくる敵。
小さな箱。大きな箱。ふくらんだ封筒。きれいな絵はがき。唐突の電話。愛のことば。

うなされるようになったのは、その年の夏からだった。
夏は、なにかと起こるな。それを思うと夏がなんとなく恨めしく、何か因縁めいたものを感じてしまう。

俺じゃない。風介だ。

とうとう長い戦いが始まった。それに俺は気付かない。
自分に必死で余裕もない。
振り返ったら風介は消えてた。

これからそういう話をしよう。



風介に手紙やプレゼントが届くようになったのが、この年の、暦では春。だが気候は夏に近い、初夏のことだ。忘れてない。
あの 熊 と 手紙。
あれがはじめだった。
いつも甘ったるい匂いの染み込んだ贈り物。胸が悪くなる。
強烈なアプローチ。
もちろん差出人は例の“ママ”。
繰り返すが本物の母親かは知らない。しかし風介が嫌がっている。それで十分だ。
風介が嫌がっていても、捨ててと言っても職員は誰もそれに反応せず、応じなかった。
届いていたわよ。部屋に置いておいたわよ。ママからプレゼントよ。ママから、ママから…
それを聞く度愕然とする風介を見てもなんとも思わないやつ等はとことん有害だった。
風介が“プレゼント”や手紙を開けずに捨てたりすると、職員の多くは風介を叱る。包みを開けて、中身がなんでも風介に押し付けたり、手紙を読み聞かせたりする。
“よかったわね”“嬉しいわね”“やさしいママね”
へどが出るぜ。

目を見開いて震えているような子供に、何故異常を感じないのだろう。
まして風介は声をなくしていた。
それがどんなことか、わからないのか?大人なのに!

俺は“贈り物”の度に、死んでしまいそうな風介を見てきた。
それでもその気持ちはわからなかった。

風介は、俺のことがわかる。

キレて、例の発作で人を殴る。相変わらず風介は俺の支えだった。
でもこんな、ようやく生きてるみたいな風介に、思いっきり寄りかかって、
それで風介を助けない。
こんな一方的なものだった俺たちの関係に不自然さを感じていなかった。
言うなれば、搾取。そんなものだと思う。
精神の搾取だ。俺は風介の支えになんかならなかった。なれなかったとか、そういう事じゃない。なろうという気も無ければ、そんなことに気付きさえもしなかった。

ヒロトの話も少ししよう。

ヒロトはこの夏に、3年生の時から続けていた部活をやめた。
野球部だった。
そして改めて地域のフットボールクラブに入る。
誕生日に瞳子とサッカーボールを買いに行って、急に晴れ晴れとしたヒロト。
実は野球部に入っていた間は施設の誰に対しても、微妙によそよそしい態度をとったり、風介とさえ距離を置いたり、そんな姿が目立っていた。
瞳子が来なくなったのが寂しいのかなとか、一応ちょっとは考えた。週末に一緒に食事に出かけるとなれば嬉しそうで。でも今度は食事とか、外出の度に少しずつ捩れて行って見えた。
勘の鋭さは自信無いけど、これはかなり確信に近い。
ヒロトは自分で心を守れる。
沈んでも浮かんで来れるのだろう。晴矢にはそう見えていた。


瞳子は、また少しずつ施設に訪れるようになった。

たどたどしい子供たちへの態度。ねえさんねえさんと慕われていたことを忘れたのか、随分と慎重な接し方だったが、回をおうごとに徐々に元の感覚を思い出していったようだった。
「…手紙?」
「止めさせてくれよ」
「手紙がくるって、それだけじゃわからないわ。晴矢」
晴矢は早速瞳子に、風介に届く手紙や荷物のことを話した。
「ここの奴らは、話にならねえ。瞳が来てくれて助かる」
「……説明してくれるかしら」
あの晴矢がまさか他人のことにこうして必死になるなんて。この前から驚かされてばかりね。瞳子は晴矢の前に腰をおろす。
するとかちりと目が引き合い、以前の自分はこうして子供の目をしっかりと見ていたと思い出す。気圧されそうな光が瞳の奥から放たれている。子供の目にはそういう力が宿っている。
(こんな、悲惨な子にさえも…)
「風介の母親からだよ。しつこく手紙とかプレゼントが届くんだ。風介は嫌がるのに」
「……嫌がる?」
「瞳、忘れたのか?風介は親にめちゃめちゃにされて来たんだぜ」

瞳子は詳細を聞くと、まずは風介の部屋を訪ねた。
母親からの“贈り物”がひしめく寝室に風介はあまり寄り付かない。窓際と風介の使う机にずらりとぬいぐるみやおもちゃが並んでいた。どれも小学校高学年の子供には幼稚な物だ。
「最近、うなされるんだ」
後から部屋に入ってきた晴矢が言う。窓の縁に余り床に置かれたぬいぐるみを蹴る。
「汗だくになったり、すごい苦しそうな顔になったりする。嫌な夢をみるんだと思う」
「そう……」
瞳子はぬいぐるみが抱えていたメッセージカードを開いてみた。晴矢が言っていた通りの、わざとらしい言葉が並ぶ気持ちの悪い文章だった。

「…引き取る気…なのかしら…」

カードをぬいぐるみの腹に戻し、瞳子は呟いた。晴矢の反応はわかっていた。信じられない、という顔だ。
「…無理だろ?」
「……晴矢」
「なぁ、無理だろ?無理だよな。だって、きっと、こいつに」
(まさか、泣きそうだ)
晴矢の呼吸が落ち着かない。可能性にも満たないただの一言に、ここまで…
瞳子は晴矢のすりきれそうな神経に驚いた。この3年であの自信に満ち満ちていた子供が、輝くように明るく強くたくましかったあの晴矢が……

「晴矢、落ち着きなさい。実の子であっても一度養護院に預けた子供を引き取るには、大変な手順があるの」
「………」
晴矢はまだ落ち着かない。
なんということだろう…
ここまで追い詰められていて、この子の助けは子供のヒロトと風介だけ!一体ここはどうなっているの…
瞳子は自身も大きく動揺しながら努めて優しい声を使った。
「何より子供の意思が尊重されるわ。風介なら嫌がっている。そうでしょ?」
「………」
(…誰も責められやしないわね…
一番に逃げたのは私だもの…)


頷くだけで精一杯の晴矢。瞳子は強く抱き締めた。

「大丈夫よ。きっと大丈夫」

ここにこうして戻ってきたのだから、この“子供の家”と戦わなくては。
もうあの時の何も出来ない、逃げるしかなかった子供ではない。

(…今度こそ……)

腹をくくっても裏腹に、晴矢の背中に置いた手が、させるかとばかりに冷えていく。
震えないだけいいと思った。
それを抑する暇も無いのだ。




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