不動が佐久間を初めて見たのは小学スポーツクラブの全国大会でのことだった。
白髪頭の子供というだけでも目を引く彼は、無遠慮に顔をのぞきこむ幼い好奇心を叩きつけるような衝撃で制裁していた。

不動が周囲と違ったのは後ろ姿で彼の美しさを覚悟できたことである。
しかしそれでも振り返る姿を見たときには息を飲んだ。

佐久間は一般家庭の子供からしてみれば不透明で雲の上ような存在である名門私立の制服を着て、黒い集団の中に空いた風穴のように見えた。制服の集団は居るだけでも目立っていたがさらに大所帯で軍隊のように動く様が住む世界の格差を表していた。

不動にとって名門校や強豪のチームというものは格調の高さと比例して興味の無いものだった。

だが白髪の子供には無関心ではいられない。黒々とした集団の中で光っているようにさえ見える。
何にも関心を示さない子供であった不動にとって、
佐久間の存在は心にぼつりと穴を空けたような
初めて自分の始末におえない驚愕であった。


結局、言葉を交わすこともなくその日は過ぎる。
佐久間にとっては特に何も起こらなかったただの1日であっただろう。

しかし一方でその日から何の思い出も歓びも無かった少年の心に灯る、
白く美しい火になっていった。







毎晩借金の取り立てが来ていた。10年も前のことなのによくも覚えていると我ながら思う。

奴らが来ると煩くてかなわなかった。たまらず押し入れに籠って耳を塞ぐ。

あれが原因なんだと思う。

不動は暗闇に対して平常を保っていられない。それはこれら一連の出来事が大きく関わっているであろうとわかっていた。
大人の男の声というのは子供にとってかなりの迫力だ。毎回予期せぬ怒号や罵倒に心臓が跳ねる。
奴らが去ると緊張が解けて、今度はしくしくと腑がうずく。成す術の無い圧倒的な恐怖は暗闇と相まって彼の精神に負担を掛け続けた。
およそ5年。

慣れたら慣れたで地獄だった。辛くないのが辛い。五感が剥離するような浮わついた感覚。自分のわからないところで自分が痛め付けられている気がした。
それがどこでどのように自分に影響しているのかとらえられない。そのうち怯え恐怖していた過去の自分の感覚さえも他人事のような曖昧さを帯びていった。

あの衝撃の出会いから得た火はそんなどうにもできない鈍った部分を癒し、
依然逃れられない暗闇を退けるのに大いなる力を発揮した。
幸福な夢を見させてくれることさえあった。
不動にとって誰にも見えないこの白い火は、生涯の宝物になる予感さえ称えていた。

暗闇が絶えず蠢いて自分を探している。ほの暗い部屋に2人きりで閉じ込められて、どんなに心細かっただろう。
火は、どんなに暖かく優かっただろう。

美しく揺らめく火に会える、いっそ夜が楽しみに思えるくらいに
火は唯一無二だった。




2年後、不動は同じように全国大会の舞台でフィールドに立つ佐久間を見た。

堂々として小気味のいい、度胸あるプレースタイルは黒い塊に空いた希望の象徴とはまるで違っていた。

彼は不動の理想や期待を
あらぬ形で砕いたのである。
降ってわいたような裏切りが喪失感ややり場の無い怒りになって不動を貫く。痛みを伴った。耐えるだけで精一杯だった。一方的に抱えていた幼い妄想をすこぶる恥じ、落胆した。
怒りはあったがそれを思うよりも先に、綺麗に切り取り消し去るように忘れた。
振り切るように逃げた。

その日からまた暗闇との戦いは1人になった。

火を得る前の戦い方を思い出して、しのぎ合いの日々が再開された。
久しぶりに生身で触れる黒い空気は息もできないほど辛く思えた。

負けが続き、疲労した。

それでもあの火を恨めなかった。



名前さえ知らないまま

火と出会い、別れた。





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