※ 帝国と雷門と夕香(豪→佐久)
※ 一人称・氏名捏造他注意



今日は歩いて帰ろう。
もちろん電車は使うけど、天気がいいから歩きたい気分だ。
空に橙のインクがにじんだような夕日。月が間抜けに透けている。

「佐久間、歩くのか」
敷地から一歩踏み出すと、迎えの車を待っている辺見に声をかけられる。
「うん。天気いいから」
「…遠くないか?」
「電車乗るよ」
「…ふーん……」
じゃあまた明日、と手を振って歩き出すと、辺見はつかつかとついてきて、隣に並ぶ。
「……何?」
「オレも歩くわ。コンビニ寄りたいし」
「俺も」
「ぎあ!」
「うわっ!さっ、」
いつのまにか咲山が隣に歩いていた。どうやら辺見も気付いていなかったようですっとんきょうな声を上げた。
「驚かすなよ…」
「超こっちのセリフだわ…」
咲山は迷惑そうに眉を寄せてため息をつく。何かと仲の良い3人であった。
佐久間はのんびりと夕日を眺めながら帰ろうと思っていたが、この2人と並んでいては部活の事や授業のこと。先輩のこと、後輩のこと。結局おしゃべりばかりになって、夕日のことなど景色になる。

さてコンビニに寄り、駅前にて。
辺見渡童女に捕まる。

咲山と佐久間が販売機に用を足しに行っていたその数分の間にである。
「佐久間」
「ん、ちょっと待ってすぐおわるから…」
「辺見が面白いことになってる」
「えっ?」
「子供が…」
見ると辺見の鞄をしっかとつかむ5、6歳の女の子。
佐久間には見覚えがあった。
「夕香ちゃん?」
「お、知り合い?」
「……豪炎寺の、妹」
「………あァ…」
遠目にも幼いながらきりりとした印象がうかがえる。近付いてみると兄によく似た目に納得。
「次子ちゃん!」
「夕香ちゃん、どうしたの…」
夕香は佐久間をみつけると、狼狽えていた辺見をよそに佐久間の腹に抱き付いた。
「よかったぁ!こわかった!」
こわかったと言うわりに堂々とした姿だが、迷っちゃったの!と続けた言葉に嘘は無さそうだった。
「…迷っちゃった…?どこに行きたかったの?」
佐久間は膝を折って夕香と目線を同じくした。咲山は傍観に徹しているし辺見は未だに事態に混乱しているようだ。
「……お兄ちゃんトコ」
ならば察するにひと駅乗り過ごしたのだろう。豪炎寺の自宅からは徒歩通学も不便では無いが、6歳の子供には少々過酷な道のりだ。それで電車を利用したのだろうが、降りるべき駅を間違えたのだ。
「それで、迷っちゃったから、お兄ちゃんと同じくらいのお兄ちゃんに、くっついてみた…とか?」
咲山が何故か笑いを含みながら会話に入ってくる。
「うううん。このバック、知ってたの。このマーク。ていこくがくえん」
「…?」
「次子ちゃんの学校だから、次子ちゃんを知ってたらなあと思ったの…」
「ああ…なるほどなぁ…」
咲山は何故か愉快そうに言う。笑いをこらえている理由がわからない。佐久間は立ち上がった。
「じゃあ、どうする?雷門に行くか、おうちに帰るか…」
夕香は佐久間の体にぴたりとすり寄り手をつなぐ。年齢の割にしっかりした子ではあるが、見知らぬ場所でひとりきり。心細かったのだろう。
「とりあえずおにーちゃんに電話するか」
咲山が携帯電話を取り出す。ここでようやく辺見が我にかえったようだ。
「あ、悪いな咲山。ありがとう」
「そうだよな!豪炎寺に連絡しないとな!」
「…なに張り切ってんだよ辺見」

豪炎寺は円堂らと一緒に、河川敷の簡易コートに居るという。迎えに行くとも言われたが、咲山は連れていくと主張した。単純な好奇心である。佐久間と豪炎寺を目の前で会わせたい。実は佐久間が居ることを伝えていなかった。
そうなれば当然こうなる。
佐久間と豪炎寺は会った瞬間にお互い硬直した。
「おー!佐久間、辺見と咲山も!久しぶりだなぁ」
砂だらけの円堂が土手を駆け上がり寄って来るが、それでも2人は動かなかった。
その背後でこの微妙な空気に気まずそうな風丸と、鬼道。
「なぁなぁ一緒に練習していかないか?お前らもジャージのまんまだし」
1人のんきな円堂に、夕香が厳しい視線をおくる。しかし円堂には届かない。
来いよ!と呼び掛けて、河原の斜面を下っていく。

「…夕香…どうして」
「パパから電話あったの…」
「父さん?なんだって?」
「今日は、とまるって。病院に。だからお兄ちゃんに着替え持ってきて欲しいって…」
「…ああ……」
携帯に連絡くれればいいのに…なんて1人でぶつぶつ言っている。
もどかしい。
このもどかしさに周囲はいよいよ耐えきれない。
「じゃあ帰ろう。夕香」
「………」
「悪いが、そういうことだから俺は帰るな」
振り返って風丸と鬼道に告げる。ああ…、とか、そうか…、とか、歯切れの悪い返事を妙に思いながら、コート脇に置いているかばんを目指して斜面を下っていく。
ここまで不自然に佐久間を見なかった。それどころか会話も無い。
思いがけず会えて、嬉しい。でもそれ以上に恥ずかしかった。気まずかった。

つい1時間ほど前、半田から咲山と辺見に送られたメールはきっと、豪炎寺の恋を2人にばらした。
もしかすると帝国のイレブンすべてに露呈している。
まさか佐久間にまで送ったりはしていないとは思うが、半田に訊いておけばよかった。畜生。
しかし秘密が向こうに渡っているなら、佐久間に伝わる可能性も高い。帝国の面々に口の固さは期待できるが、人ははずみとかうっかりがあるし、絶対大丈夫なんて無いのだから。
「次子ちゃん、今日おうち来て」
「えっ…」
「フクさん居ないの。お父さん帰ってこないし。夕香さみしい」
「……」
遠く聞こえる妹の声。無邪気とはおそろしいな…
スパイクを雑に袋につめて、スニーカーに履き替える。紐が解れてじわりと焦る。余計なことを話すなよ…
「ごめんね…帰らなくちゃ」
「次、いつ来てくれるの?ねぇ遊びに来てよ次子ちゃん」
「ご、ごめんね……」
(夕香、困らせるなよ…)
しかし思えば兄も同様。
佐久間を困らせてばかり居る。
思わず苦笑が込み上げた。

「待たせた。帰ろう夕香」
「イヤッ!まだお姉ちゃんたちと居る!」
「……何言ってるんだ。一度帰って、着替えを届けに行かないと。遅くなれないだろ」
ぐずる妹の手を引こうと、佐久間の隣に立った時だ。

思い詰めた眼で、佐久間が顔を上げた。

躊躇無く距離を埋めた豪炎寺に驚いたこと。
自分があまりにも、動けなかったこと。
見開かれた眼は涙ぐんでいた。色素の薄い瞳の中に夕焼けが映り、光を砕いている。
きゅう、と口を結んで、綺麗な眉が力んでいく。
豪炎寺は動けなかった。
あの雨の日思ったことだ。この子の美貌は進化する。息を飲むほどの発見が、再び喉を突き上げる。

「……こんなはずじゃ…」

吐息のような声が漏れる。佐久間は震えてさえ見えた。
「……佐久間?」
「……私、…こんな…」
「………」

動けなくなるはずじゃ、
無かったのよ…


(目が……)

豪炎寺は佐久間の言わんとしていることがまるで内からわいたかの如く理解できた。

佐久間に恋がばれたのかと焦った事への勘違いが、急に冴えた頭に刺さる。とっくに自分でばらしていた。ばらしてきた。
あんな風に呼んで、抱き締めては、頬に口付けて、好きな人が居ると告げて去った。佐久間が動けないのは俺のせいだ。

だけど何故、そんな目で見る。

推量の暇もなく、佐久間は屈んで夕香に2、3言葉をかけると踵を返して行ってしまった。
引き留める理由が無い。
それでも手を伸ばしかけて、肘ののびきる前に体に引き寄せ指をたたむ。
佐久間は誰にも何も言わず、鬼道や風丸を見ることもなく去ってしまった。


「佐久間、速い」
「どうしたんだよ、態度最悪だったぞお前」
咲山と辺見が慌てて駆け寄り隣に並んで歩きだす。歩くと言うには速すぎる。2人が追い付いて声をかけようと佐久間は止まる気配も無い。
「なぁ、おい!」
「私っ…!」
橋を越え、土手が住宅街に差し掛かった頃に、突然佐久間は立ち止まる。思い詰めた顔に咲山と辺見は身構えた。特に咲山なんかは豪炎寺になんと説明したかを問われるのではと身構えに足らず気構えたが、佐久間の様子がおかしかったのは実に不思議な理由だった。
「…私?」
訝しげに辺見が尋ねる。
「……私、…また…」
苛立っているのか佐久間は髪を乱暴につかむ。地団駄を踏むように膝をぱくぱく揺らすと泣きそうになりながらわめき出す。
「…、またジャージだった…!」
「は?」
「前の時も部活の後のぐちゃぐちゃの髪でジャージで汚いスニーカー」
「…?」
「また今日もジャージでスニーカー!」
「それが…?」
「ヤダもう!こんな時に会いたくない!ヤダ!」
するともうああとかううとか唸りながらとぼとぼと歩き出す。
咲山と辺見は顔を見合わせると佐久間の言った言葉の意味を、考えながらついていく。妙な放課後だと思いながら。

一方で豪炎寺は意外にも歓喜していた。

一瞬でも自分の想いが佐久間の言動を支配したこと。
わずかだとしても彼女の心に住んでいること。
何より今、佐久間に会えたそのことが、嬉しくてたのしくて仕方ない。

やはり病。

もはや全身に巡った病が遠くの彼女の後ろ姿を薬にしながら悪化していく。

どうせ不治ならとことんまでも蝕まれたい。
きっと叶っても治らないのだ。



2011.09.17




***

雷門一同は制服。
前半は割とのって書けたけど後半には何が書きたかったのか忘れている悲惨。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -