act 04.




勇気は天に思いが通じたのだと感謝した。
誰も敵わない強い男。そして優しくて次子を大事にしてくれる…そんな期待ができるお人だ。
「おはようございます!」
「おはよう勇気」
「いってらっしゃい!」
「はは、行ってくるよ」
気さくに手を振り通っていった書生こそ。勇気が期待を寄せる彼。
天下の帝国學校生は常に一目置かれるものだ。華族か貴族かはたまた大商会のご子息様か…。いずれにしろぼろの袴をはいている輩に敵う相手では無いことは確かだ。
勇気は見送り際、彼がこのカフェの2階を切な気に見たのを見つけていた。次子を気に入っていることは明白なのだ。
店先掃除の手が止まる。
はやく御名前を聞かなくては。
このように、勇気は次子の人関係に妙な責任感を持っていた。友情の成せるものであろうが、自覚も意識もまるで無い。少々、とぼけた少年だった。


「や、髪をゆわえたのか」
夕方、勇気の期待を知らずに背負う、例の書生が来店する。店に入るや早速次子の髪型に着目。笑顔で似合うと笑いかけるのだ。
「…、あ、…ありがとう…ございます……」
次子は真っ赤になる。
いまだかつてどんな男に惚れられようが口説かれようが、こんな反応は一度も無かった。勇気の期待は膨らむばかり。
「いらっしゃいませ。どうぞ。どうぞお席へ」
突然の賛辞に業務を忘れた次子に代わり、勇気は書生を案内する。背後で次子が慌てふためき、かっくり肩を落とす様がわかる。案内が終わり隣に寄ると、ごめんねと小さく詫びてくる。
「照れてしまって、可愛いですね次子さん」
「…かわ…!勇気までからかうのですか!」
「おっと、怒らなくたって」
からかってなどいないのにな。
勇気は内心少しばかりだが気落ちした。次子はどこまでも自分を醜く異形の榑だと思っている。困った子だ。どれだけの男のありったけの恋がその心を動かそうとしてきただろう。
「怒ってなんていません。でも、勇気まで…そんな…」
可愛いとか、綺麗だとか、喜ばせたくて言う言葉の多くは深く次子を抉る。彼女に惚れる男たちは、たいていこの罠にかかる。歯が浮く科白は言わないことだ。どうせ真心も込もっていない。
「次子さん、いい加減折れてくださいな。あなたはね、可愛い娘です。自分でどんなに醜いとか、思ってもね」
「………」
次子の胸が、痛いくらい打っているのはわかっていた。
気心の知れたはずの友人からのほめ言葉を、こんなに赤くならなければ受けとることもできないらしい。盆を持つ手が震えている。勇気には次子が、どうにもあわれでたまらなかった。
人間誰しも自賛することがあってもいい。
料理が上手いとか裁縫が出来るとか、なんでもいい。字が上手いでもいいし暗記が得意でもいい。次子はどうしてこうなのだろう。何においても自分は最低。その評価が揺るがないのだ。

「ニルギリ」
「…はい、かしこまりました…」
「…そう緊張されると参る。制服を着替えて来ればよかったかな」
「あ、いえ…
そんなお気遣い、勿体無くて…」
呆れる謙虚さだな。そう言ってしまいたかったが言えばこの子は困るだろう。
青年は次子の言葉に何も返さず、注文をよろしくとだけ言う。次子ははいと頭を下げると勝手の方に下がって行った。
「また来てるのか。やけに繁く通うじゃあないか」
書生と顔見知りなのか丁度納品に来た和菓子屋の風丸が声をかける。
青年は何も答えなかったが、風丸は特段気にした様子も無い
「風丸さん。どうも、いらっしゃいませ」
「頼まれてた菓子を持ってきただけだ。御主人に確かめてくれ」
勇気は風丸から大きめの籐の包みを2つ受け取り、勝手の奥に入っていく。入れ替わりで次子がポットとカップを盆に乗せて戻って来た。
風丸には会釈して、まずはお客様に注文の品を届けに歩む。
「御待たせ致しました」
「やぁ、いいカップだな」
テーブルに置かれた薄緑の小さなカップを書生は興味深そうに眺めている。次子はポットからお茶を注ぎ、お辞儀をしてテーブルを離れた。
「ねえさん」
「やあ次子。お、結紐を買ったのか」
早速側に寄ってきた次子を風丸は優しく撫でて、束ねてある髪を手に取る。
「色がいいな。お前の髪にとても似合うよ」
「…、ありがとうございます…」
するとちらりと書生に返る。
「や、もしかして鬼道。
お前からか」
目敏く風丸が呼び掛けると、背後で勇気が驚いて、目下で次子は赤くなり、鬼道は余裕に笑って見せる。
「へえ。いつになく積極的だな」
「あまり勘のいい女は、嫁の貰い手がなくなるぞ」
「なくて結構だ」
「円堂とはどうなっているやら」
「あまりお喋りな男は、もてないぞ」
話しながら、勇気が勝手から戻っていたのを見付ける。おそらく代金の入った封筒を持っていて、目は書生、もとい鬼道に釘付けである。
「勇気、注文に違いなかったか」
「あっ!は、はいっ!」
慌てて風丸に封筒を差し出す。ぎくしゃくした動きが妙で、風丸は少し笑った。
「もしやあいつの正体を知らなかったとか」
「あ…、いえ、…あの」
「名乗ってないからな。知らなくて当然だ」
「そうかそうか。はは、勇気、そう気にすることはない。気さくな奴だ」
「そうそう。気さくな奴だ」
鬼道が言うので勇気もとうとう笑ったが、萎縮は消えない。鬼道といえば学の無い自分でも知っている、大財閥の鬼道であろう。

勇気の期待も散ってしまった。
ここまで境遇に差があっては、次子と結ばれはしないだろう…
「勇気、誤解をしていませんか…
髪飾りを貰ったのは私だけではありません」
「えっ?」
まさか、まさか大財閥の御子息様が、遊びの激しい人なのだろうか。
「お嬢さんも頂いています。色ちがいなのですよ」
「……そうでしたか」
勇気は複雑な思いにかられた。
店の大事なお嬢さんと、大切な友人の次子。もし乙女を遊んでいるならば、それは癪で仕方ない。戯れならばそれはそれで、金持ちのおごりに腹がたつ。
「さて、そろそろ失礼する。混む時間だな。お茶を御馳走様」
「鬼道、そこまで」
「ああ行こう」
会計を終えると鬼道は風丸と連れ立って外へ出た。風丸と長い付き合いならば信用に足ると思うのに、企みがあるような気がしてどうも安心はしきれない。

「…行ったかい」
街道を遠ざかる2人を見送り勝手に戻ると店主が言った。ため息のように。
「…鬼道さんですか?行きましたよ」
「………」
「……?」

この店主の妙な態度と、勇気が勘ぐった鬼道の企み。
実は繋がることなのだが、この頃は知る由もない。

勇気はカップを片付ける次子を眺め、何も起こらぬ平穏なこれからを願っていた。





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