※ 佐久間家捏造



細長い段ボールに自分に宛名された伝票が貼り付けられている。
届いた日から部屋の隅に追いやって見ないふりをしていたが、いつまでもそうしていられないのはよくわかっている。

高等部に上がる前、身の振り方を考えるにあたって今だかつて無いほどに悩んだ。
既に選びようの無い事がひとつ在って、それに沿って考えなければならなかったが、葛藤の果てに身動きがとれなくなってしまい、途方に暮れた。でも家族と友人が一緒に悩んでくれた。叱られもしたが。
とにかくこれ以上わがままはしない。
それでも箱を開くと間違った選択をした気分になり、悔いる気持ちを禁じ得ない。
私はきっと間違えた。
しかもそれを正す術を持たない。
(もっと他に良い方法があったのかもしれないのに…)

去年、夏休みを利用して、国外の医療機関を訪れた。
脚の精密検査のためと、治療の可能性を知るためだ。
その時には既に選手として再起することは不可能であろうと覚悟していた。中学の時点で脚の違和感はただ事では無かったのだ。
だからわざわざ国外まで出向いてまでもあがく気などは無かったが、兄がどうしてもと言う。
世界中問い合わせて有効な療法を探してくれた兄に、治らないと確信していたとは打ち明けられなかった。

兄とは母親が違う。
自分の親に横恋慕して挙げ句駆け落ちまでさせた女の子供をきょうだいとして可愛がる兄も引き取って大事に育てた祖父も変わっていると思う。
朧気な記憶にしか無い父母は今でも行方がわからないし、兄の母は駆け落ち騒動で佐久間の家を去っている。

次子が“男”だったのはこの辺の歪みからこじれた馬鹿馬鹿しい事情であった。

父の愛人の存在が発覚してから、佐久間の家は醜聞をおそれてそれを家ぐるみで隠し、離れに愛人を住まわせたというから狂った話である。
次子の母親はかなりしたたかな女だったのだろう。
自分も男児を生めば佐久間の家に迎えられると思い込み、離れで生んだ娘を男だと周囲に信じ込ませたのだ。
お陰さまで戸籍上でも次子は男。
やがて両親は佐久間家が傾きかけるほどの大きな財を持ち出して消え、それをなんとか隠居の祖父が立て直した。
しかしそのために次子は大層不吉がられて世話係にさえ放られっぱなし。そのまま男の子として育つ。
一方で故意に離されていた兄が次子にかまうようになり、初めて一緒に風呂に入った日、ようやくそれがわかった。

次子は7歳になっていた。

学校も男児として通っており、少年フットボールクラブに所属。男子として育てられ、男女の境も曖昧どころか関心が無いような次子に、祖父も兄も困惑した。
当時の次子は既にフットボールの虜であった。
これからは女の子として生きていかなくてはならないという説明は、幼い次子にはよくわからなかった。わからないながら素直に従ったが、クラブを続けられないと知るとそれだけは嫌だと言う。
そこで女の子も通うクラブに入れてみたがまるで張り合いが無かったようで、ますます元居たクラブへ戻りたがる結果になってしまった。

愛人の女は娘を男子として仕立てあげる以外は育児を放棄していたために、次子は言葉が遅かった。
生来我慢強くめったに泣かない質でもあり、母親から微笑みかけられた事も無かったためか極端に表情が乏しかった。
わがままも言わず、他人に何かを要求するという発想が無い。その次子がこれだけはやりたいと願った。
初めての“お願い”。
この悲惨な子供に心底同情し大事な孫として育ててきた祖父は、ついこれを許してしまった。
どうせチームメイトらについていけなくなり、飽きるなりして辞めてしまうだろうとも考えた。
反対に兄はここで正さなければいけないと強く反発するも、あと1年だけ、あと1年だけと懸命に懇願され、とうとう初等部の間だけという条件で折れた。
代わりに家に帰れば女の子でいることを徹底させたがサッカーのためと思えば本人とっては苦ではなかった。
やがて中等部に上がる頃には無理が生じて本人も諦めがつくと考えられていたのが、無理を押して続け、大変な事件に捲き込まれ、これでようやく辞めるかと思えば、過酷なリハビリさえもやり遂げて世界の舞台にまで立った。

次子は兄に何度か、お前はいかれていると言われた。

(そうかもしれない)
自分の身の上ではなく他人に起こったことならば、とてもまともとは思えなかった。
細長い段ボール箱から、杖を取り出す。
身体に合わせて作ってもらったもので、歩行を助けてくれる。
手術は2回。
3回目は開いただけで、何を施したわけではない。
もうどんな手立ても無いのだ。
全身の機能を無理矢理の力で限界以上の稼働をさせたその代償が歩行に難が出ただけと思えば運がよかったと思う。
死にかけたのだし。

(…でもサッカーが好き)

大好き。
ずっと続けたい。
男子の世界で競えなくても年をとって止める日が来ても、精一杯と思えるところまでずっとずっと戦っていたい。
でも、もう無理。
報いだと思う。
たくさんの人を騙し続け、嘘を重ねて、自分のためだけにそれを繰り返して来たのだから、脚を取り上げられたのだ。

『女だから』

誰に何を謝っても、どんなに悔いても、もう意味が無い。
最初から間違っていた。
不動に告げた時、ごめん、と言いそうになった。
許されてはいけないと思うから、謝罪はしないと決めていた。
だけど不動のあの失望の顔。
己の卑怯さや業や咎が、どれだけ罪深いか…

言えなかった。何も。

ただ必死でその業報を受け止めていた。
杖を突いて歩く姿を、絶対に彼に見られてはいけない。
走れない脚。当たれない身体。
無惨で無力だ。もう戦えない。

杖に頼ると形は違えど松葉杖で暮らしたあの日々の感覚が指に手に脚によみがえる。
二度とフィールドで駆ける日は来ない。これからはそれを噛み締める日々だ。
ただひたすらに耐え忍ぶのだ。
それが報いなのだから。




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