理由がない限り不動と話さない。
不動の目を見ると佐久間を思い出す。

何を考えているのかわからない、感情の無い目をして、自分を抱える佐久間を睨んでいた潜水艦での不動。
佐久間は気付いていなかったが不動は佐久間ばかりを見ていて、それが源田にはすごく不安だった。

あんな結果になってしまったが不動ばかりが悪いわけではない。
自分が守れなかったのだし、源田は佐久間より早く精神が折れた。それについてはきっと一生自分を許せないだろう。

一切の希望も持てなくなる気分に落とされて、暗い部屋に閉じ込められて、際まで正気を保ち続けた佐久間を心底尊敬する。
あれは本当にキツかった。
佐久間の励ましが無ければ源田はもっと早く、徹底的に弱り、元には戻れなかったかもしれない。
地獄に仏とはこの事だと思った。
悪魔がやってきて痛め付けられても、神様が癒してくれる。


佐久間と初めて会ったのは地域の少年サッカークラブだった。
無口だし笑わないし、トロそうに見えた。成長不良の細い身体で、シュートは軽く足も遅かった。
でもサッカーが好きらしいし、練習が楽しいらしいし、意地悪されて転ばされても身軽に立ち上がって球を追いかける姿は幼心にも健気に感じられた事を覚えている。
同じ学校の生徒だとわかると自然に一緒に過ごす時間も増えたし、家同士に古くから付き合いがあったのでそのうち身内のような感覚にも等しい相手になっていった。だからこそ佐久間の性別のことも明かされたのだ。
やがて佐久間が男として戦う決意を守る役目を務めるようにも…
(守っている気分で居ただけだったかもしれない…)
佐久間は強くて、守れた事があったかと思うと自信は無い。あの時も守られたのは自分の方だった。
身体だけではなく、心をも支えてくれた。
帝国の評判が地に落ちてから、世界の舞台でその雪辱を晴らしてくれた彼女は当時の部員全員の恩人である。

傷付いて欲しくなど無い。

部員全員に詐称を深々と詫びた彼女を称賛こそすれ責める者は居なかった。
ただ1人不動だけが彼女を許せないでいる。


不動は、何故あんなにも荒々しく、剥き出しの姿を佐久間にだけさらけ出すのか。

怒れる時には沸き上がるようなまがまがしささえ感じられる不動の心は、触れてはいけない危険なものだ。
ただ尖るだけでは無く、宇宙のように暗く混沌としていて光が無い。
人の手には負えなくて、おさまるまでをただ耐えるしかない地動のようなあの猛々しい心を、佐久間は容易く受け止める。
だからきっと佐久間にだけ、受け止められる佐久間にだけ、不動は心を見せるのだ。
(不動にとって佐久間はどんな存在なのだろう…)
何度か考えてはみたが、源田には答えが導き出せない。
世界大会の間に2人に何があったのか知らないし、佐久間の方が不動をどう思っているのかも訊いたことがない。
訊くのも嫌だった。
不動について人に尋ねるなんてまるで不動に興味津々みたいだし、佐久間が不動に対して好意でも嫌悪でも抱いているならそれも聞きたくはなかった。
鬼道を許した佐久間だから、不動にも怒りなど無いかもしれない。
(でもそしたら、俺は?)
自分の怒りや嫌悪は、佐久間の中で無視されているのだろうか。友人が嫌うから自分も嫌う、それが正しいとは思えない。
しかし、ただの仲違いやいさかいでは無い。
鬼道には大きく裏切られ、不動にはこっぴどく痛め付けられた。
普通の感情は持てない。
でもだからといって自分が正しいとも思っていない。
佐久間は鬼道と不動と同じチームで、国の代表として戦わなければならなかった。我など通せない。
我慢して付き合ううちにどうでもよくなったとか?
その間に2人から謝罪があったとか?
そんな話は聞いていない。

佐久間は自分が傷つけられてもあまり怒らない。関心が薄い。

一方で友人や仲間が誰かによって憂き目に遭ったり痛みを被ると、静かながら激怒する。
佐久間が不動を許していても不動に痛め付けられた源田はどうなる。同じ目に遭ったから失念しているのだろうか。
かといって佐久間が実は内心物凄く怒っていて、寝首をかいてやろうかと不動と親しんでいたのなら、それはそれで嫌だ。
佐久間は不動に優しかった。
それは不動にだけ特別というわけではないのだが、不動にとっては特別な事のように見えた。不動はそれを必要としていて、欲しているように源田には見えた。

不動の家のことなら鬼道から聞いた。
家庭環境が影響してるのかは知らないが不動が何かを欠いてるというのは源田にもわかる。
でも佐久間がそれに対して何か働きかけていたようには感じない。ごく普通に、友達にするように仲間にするように源田にするように、いつもの佐久間だった。

不動のせいでだめになった脚なのに佐久間は不動を責めたりしないし、もう大好きなサッカーができないのに、不動のあのけたたましく尖った心のために自分の嘘を明かし更に嘘を重ねた。
脚が動かないからもうサッカーはできない。
性別が問題なのではない。

不動は佐久間を許せないと言う。

源田も不動を許せる気がしない。

いつか佐久間が不動のためについた嘘が明かされるなら、それは自分の口からでありたい。

偏執的とは思うが不動が見せる愛情は何に対してもひずんでいる。
サッカーが好きでも憎んでいるようだし、恋人に対しても容赦無く冷たい。
佐久間は不動にとって大きな存在である事は確かだろうが、だからこそ歪みも大きいのかもしれない。

もし不動が佐久間を諦められなくて自分に頼る日が来たら、秘密を明かしてしまうだろう。
仕返しでもあるし、仲間としての叱咤でもある。
激励は絶対にしない。




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