無い知識で敢えて分類するというか名前をつけると、たぶん暗所恐怖症。
でも実際暗所といっても他にも条件要素があるし恐怖というより嫌悪とか憎悪とかそういう方が近いと思う。

別に、不便じゃない。
耐えられない訳じゃないし気にしなければ気にならない。
意識しなければそんなもの無いも同然。問題無い。

少し前まで本当にそうだった。


幼少時代から暗闇に対する防衛方法を少しずつ編み出しては身に付けてきた。だがそれはあくまで防衛であって、撃退できるほどの威力は無い。

成長の過程で暗闇自体には嫌悪も苛立ちも感じないと発見したが、同時に思う以上に複雑な症状であると気付きもした。

何がこうも自分を落ち着かせない気分にさせるのか。
いらいらして、腹の底が震えるようにむかつく。それでさらに心臓が痙攣するような、食道が縮むような痛みになったりする。

暗闇は明らかに敵だった。
立ち向かうべき憎き相手だった。
しかし一方で負け戦を期していた。わかりきっていた。

どうしようもないと諦め、2年経った。








不動明王14歳。
縁あって国際大会の代表選手に選抜される。

四国の公立中学で刺激のない生活を送っていた彼にとっては有り余る程の名誉であった。

実力がありながら環境に恵まれずくすぶっていた。大きな転機だった。
田舎で娯楽も何もなく、チームは弱く誰も彼にはついてこれない。部活は全く楽しく無かった。
本気を出せば一瞬は楽しいだろうがその一瞬でチームはばらばらに分離することが目に見えていた。さらに頭が良いというのも災いして同級生と望むような会話ができたことがなかった。
レベルを下げてやっている、という意識が不動を湾曲させていく。たかだか中学生1人の力で現状を打破できないのも知っていた。
精神がいびつに潰れていく様が自分でもよくわかった。家庭環境もあまり良くない。
大概のことに冷めていた。犯罪めいたこともやった。

そんなことならば何もこわくはなかった。

不動がおそれるものはただひとつだけだったが、
この世界の何処にでも、毎日必ずやってくるものだった。





代表合宿に参加してから不動にとっての大事件が起こった。
やばい気はしてたんだ、と小さく呟く。ベッドに座り壁にもたれ掛かる。どうも人の居る暗闇、というのが最も悪条件になるらしかった。

不動は幼少から極端に暗闇を嫌悪し恐怖するどうしようもない発作を起こす。

同じ空間に居なくても隣室には他人が寝ている。むしろ"壁を隔てて人がいる"のが余計に良くないのかもしれない。長い間悩まされてきたこの恐怖症について全て理解しているわけでは決してなかった。
こうしてきちんと向き合い考えられるようになったのもつい最近。足掻いてもがいて抗ってきたが、どうにもならないとようやくわかった。諦めてから数年経って、やっと冷静に考察できるようになったのだ。
それでもあまり深く考えると、のみこまれ、痛い目にあう。
コツがある。

予選の間はそれほどでも無かった。場所は日本だしまだ耐えられる程度のものだった。
しかし本戦に入ると急激に酷くなる。
最悪なことに最も制御が利かなかった頃にまで転落した。それなりに安定した状態を保っていただけにショックも大きい。
確かに恐怖し気分も悪いが意識しなければ耐えるにたやすい。
長い間、毎夜をこらえた経験と慣れがようやく結果をもたらし始めた頃だった。

夜中に誰かが起き出して廊下を歩く。
それだけで身の毛もよだつほどの悪寒が全身を這い上がった。冷や汗が噴き出し、歯が鳴る程に震える。
最悪だ。二度とごめんだと思っていたのに。
情けなくて悲しい。
かさかさに乾いて死んだ虫のように丸まり縮まってしのいだ。
この化け物に勝つことは諦めた筈なのにいつまでもねじ伏せられない自分が弱く、あまりにあわれに思えた。

一生こうなのだろうか。
そう思うとやるせなくてたまらない。
一夜限りでも穏やかに、優しい夜を迎えてみたい。

茜差す夕日も悪魔を連れてくる。美しいと思えたことが無い自分が、酷く心の貧しい人間に思える。
弊害は深刻だった。



激しく静かな戦いの連夜、
不動は少しずつ追い詰められ、
焦げるように消耗していく。





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