date 13:



こうしていてね。はなさないで。

あの夜のことは忘れられない。

おねがい……


風介は目に涙を浮かべて俺に頼んだ。離さないでと。繋いだ手を自分の体に抱き寄せていた。
みんな寝静まった夏の夜だ。横たわっていたシーツの手触りまでもを覚えている。

不安そうな、小さなささやき。

崩れそうな俺にすがる風介のこころは切実だった。本当にそうするしか無かったのだろう。今ならばわかる。
ただもう荒れるしかない俺にいつも優しくあたたかだった風介が、不安をさらけて震えているのに俺は戸惑う。情けないが、仕方もない。
あの頃俺の精神の“軸”は、風介だった。
同調の最高期。まさに2人で1人前の気でいたが、風介は風介だ。俺が荒れて揺れっぱなしで、全部風介に頼っていたから、風介は俺のそんな、欠けた部分に自分を減らす。

決して共感も理解も得られないだろうが、最も荒れて手のつけられなかったこの頃晴矢は自分の精神面に全くというほど不安が無かった。
制御できない激情も、どうにかしようとまではしないものの、受け入れていた。否定もしなかった。

もちろん風介が居たからである。

風介は暴れだす晴矢をわざわざ止めないが、
意志で抑止できないそれを、気の毒には思うらしい。毎回“キレた”後の晴矢は、ひどく苛立ち落ち込んでいる。自分をうまく操作できない。キレてしまえば良いも悪いも頭には無い。意識の無い暴力に、我に帰れば自分自身で驚く事も多かった。情けなく思いもするが、周囲からの圧迫や、無意識の行為に課せられる罪。
衝動に、自意識がついていっていないのだ。
拳をふるうのは自分ではないとも思えるのに、それは“いいから”謝れとされる。反省しろ。お前が悪いと。
晴矢の複雑な混乱は、とにかく事態を収束したい多くの大人に無視される。わかっているのは風介だけ。

晴矢は何も言わなかったが、
それでも風介にはわかっていた。

どんなに支えになっただろう。

苦しかった…
傷付ける気なんか無い相手でも、晴矢の制御の利かない部分に触れてしまえば最後なのだ。血が出ようと泣きわめこうと、晴矢は暴力を止めない。
そこに晴矢の意志が存在しているかは、
本人さえもわからなかった。

そんな状態なのにひたすら悪人として責められる。
遠巻きに見ているだけの子供たちと、頭ごなしの施設の大人。晴矢のこころを守っていたのは陰ながら寄り添ってくれた風介と、自身も大きく揺れながらも、不思議に繋がるヒロト。そして時折訪れる瞳子のみ。
独りではないという、たったそれだけに必死でつかまっていた。


「…それ、どうした?」
「……どれ?」
「腕。怪我してる」
「…どれ?」
「これ」
風介は施設に来たときから既にどこか間抜けた子供だった。
「ああ、これ…」
「お前、どじだよな。結構どじだよな」
「…そうだね」
「ぼーっとしてるし。気を付けろよな」
苛立ったように言いはするが、これが晴矢の気質だった。
素直では無い。素直になれない。
“キレる”性質とこの気質は、どこか繋がるものがある。
もちろん手をあげたのだから晴矢は悪いが、キレて誰かを殴る中で、意識と行動にはズレがある。それを叱るばかりでただ謝らせる、晴矢に迷惑しか感じていない周囲の圧しに理不尽を思うときは多い。絶対に謝らない時もあった。
そんな中で晴矢は自分を誰よりも出来の悪い、良くない人間だと思い込んでいく。

ヒロトが感じていた歪みの中心に晴矢は居た。

それでも晴矢に不安は無かった。風介が結局、救いあげてくれると信じていた。絶対的な安心を思っていた。
自分がどんなに揺らいでも、
もし崩れても大丈夫。

とても不思議な依存だった。





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