date 10:



あの夏から3年。
施設はまさに分離していた。

波乱の繰り返し繰り返し、そして誰も止められずにここまできた。
あの夏から、何ひとつだって事は解決していないのだ。
滞ったまま濁り焦げ、煮立ってはまた濁る。


晴矢は荒れた。
“あれ”で箍が外れた。怒りを感じるとそれが例えわずかで些細でも戦慄いて、殴った。
はじめは物を。蹴り、近くの物を手にとって投げる。そのうち投げる時は人に向かって放るようになり、それを持ったまま殴り付けるようになった。
今ではもうあまり物には当たらない。
腹が立った相手をそのまま攻撃するし止める者も同様に殴る。痛い目に遭うことを知っているために施設の子供は誰も晴矢を止めようとしなくなっていた。

乱暴でも、口が悪くても、手を出せば後には反省して謝るような子供だったはず。
秘めていたのだろうか…
一度きりの事件に終わる筈だったあの夜の悪夢は何度も繰り返されてきた。この3年、何度も。
以来別段変化が無いととらえられていたのが大きな間違いだった。あの夜、あの時に晴矢は変わったのだ。

例えば虐待を受けたような子供ならば、このように感情の発散がうまく出来ず突然爆発してしまったり、破壊衝動を止められずに人を傷付けることも多い。
しかし晴矢は、確かに辛い思いをしてきたはずだが今までこれらが表れなかった。精神が強い、もしくは鈍く、生い立ちの悲劇から影響を受けなかった。これが施設の見方で、晴矢については施設の多くの子供に見られる、強大なストレスとの葛藤が無いものとされていた。
原因はわからないが、カウンセリングも心療も、効果は上がらない上に晴矢はこれらを嫌がる。大人を無条件に嫌う傾向もあった。
唯一慕っていた瞳子は今はもう遠方の大学に進学して全く施設には関わっていない。
晴矢はひどく不安定な子供になっていた。

自分でも突如沸き上がる怒りをどうしていいかわからないのだ。
かっ、と頭が一瞬熱くなる。
するともう殴っている。そうなると拳は止まらなかった。殴っても殴っても苛立つために、怒りは果てない。しかもなにをきっかけにこうなるかわからない。避けようが無いだけに多くの子供が晴矢自身と距離を置きはじめる。
晴矢は1人を苦にしない子供だったが、体を動かす事が好きな彼にとって鬼ごっこやかけっこの競争が出来る仲間が居ないのは辛いことだった。

1人で部活の様子や公園で走り回る子供たちをただ見ている痛々しい晴矢を、それでも誰も、関わろうとしない。
子供の世界は中々に残酷である。

「……」
「……」
「……」
「……、…」
「……わかったよ…」

1人そうしている晴矢を迎えに行くのはいつも風介。
晴矢が何処にいるのか探さなくともわかるようだった。何も言わずに隣に来て、指をつなぐ。
晴矢は施設に帰りたくは無い。しかし行くところが無いのはよくわかっていたし、自分が原因で施設の雰囲気が刺々しいことも知っていた。これでも気を遣っている。

揺れる晴矢をひそかに支えていたのは風介である。

普段の生活で行動を共にすることは無かったが、ヒロトが感じたように2人には不思議なつながりがある。
それがなんなのか2人にもわからない。それでもこの関係に不自然を感じなかった。

風介は相変わらずしゃべらない。しかし代わりに変わらなかった。
去年からヒロトが部活に入って1人で居ることが多くなったが落ち着いたものだった。“ぐずり”の癖も抜けたのか、小学校低学年の時期に見られた不安定な面は無くなったようだった。
自分の意思を伝えるのに躊躇することもない。無口な子供だが芯はしっかりとしている。
案外に、強い子供だったのだ。


「18になったら、出られるんだよな」
「………」
「…はぁ…めんどくせえな、施設なんか…」
「……出たいの」
「そりゃあな。決まりが多くてムカつくし、イラつくんだよ。どいつもこいつも」
歩き出せば指はほどくが、きゅ、とつながれる細い指が、晴矢は好きだった。
さらさらした皮膚のすれる心地よさと、柔らかい指の肉。不思議に安心する。
今は前を歩く風介の影を、追うように歩いていた。
「だから出たい?」
「出たい」
「…そう」
「……なんだよ」
「そしたらさよならだ」


ようやく、ぽつりぽつりと言葉を話すようになった風介が、静かながら饒舌になるのはヒロトと晴矢の前だけだった。
相変わらず感情表現はたどたどしいが、素直に言葉にするために、もう以前のような問題のある子供という印象は無い。
しかし風介は笑ったことがなかった。
どうしたらいいのか、わからないと言う。必要性も感じないようで、どうにかしようとする気も無い。
いまだに自分に関心が無い証だった。


さよならと言われて晴矢は何も言えなかった。
施設を出たいと言ったが、それを現実的に考えたことはなかった。今までの人生の、ほとんどであるこの施設から出る。それがどういうことかよく考えもせずに言っていた。

“さよならだ”

途端に世の中に放り出される心細さが襲ってくる。
ばらばらに進まなくてはならない未来が必ずやってくるのだ。


「いそごう晴矢。
もうすぐ門限だ」


時間と施設に縛られてある今と奇妙な縁を思い知る。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -