※ 鬼道と雷門と帝国(と源→佐)
※ 『灰の轍』の続き2



人に言えないものを抱えたのは初めてのことだった。
落ち込んでいた。
地区大会で惨敗したあの時のことを思い出したけど種類が違う。誰に話したとしても理解されないだろう。


電話があった日から4日。

一方的に電話を切ったが佐久間はかけ返してこなかった。あんなに動揺して切ったくせこの考えに至るのだから、俺の性根の悪さときたらもうどうしていいのだろう。

あの時、抜け出してきた。あまり話せない。佐久間はそう言っていた。だから切られて、あの日はもうかけることは出来なかったのかもしれない。
だけどあれから4日経っている。
もう退院しているし、気にならなかったのだろうか。俺は明らかに何時もの調子を崩していた。話も中途半端で、もう話すことは無かったのだろうか。本当に…

一方で入院している友人に、なんの声もかけなかった自分。
もはや棚に上げるどころの話でもなく、そんなことには気付きもしなかった。わざわざ病室を抜け出して電話をしてきた友人から、気に病む必要もない事に謝罪を受けて、感謝された。
それでも。

見舞いに行けなくて残念だ。
そんな言葉は意識しなくても出てくるものだ。軽く、意味など無いに等しいのに。
こんなに非情な俺をどうして彼らは責めないのだろう。だから図に乗る。見ろ、今度は責任転嫁だ。馬鹿じゃないのか。

こんなに自分の内に問い掛けたのは初めてだった。
問題ばかり浮かび上がってきて解決の糸口は何もない。

結局疲れて考えるのを止めた。



帝国の練習試合を見学しに行ったのはそれから間もなくのことだった。
「やっぱり伝統が受け継がれてるって感じで、なんかかっこいいよな。帝国」
今の帝国というチームへの感想ではなく、鬼道に向けて円堂は言った。
それが密かに照れるほど嬉しかった。
「うちも歴史だけは長いけど、一度完全に途切れてるからなぁ」
「伝統を受け継いでるって感じはしないもんな」
他の部員も口々に帝国を褒めたり感心したりするものだから、誇らしくなる反面自分の居ない帝国のチームに複雑な思いも拭えない。

「佐久間は出ないのかな…」

風丸がぽつんと言ったことに周囲は大きく反応した。
「ベンチスタート、珍しいよな」
「まだ本調子じゃないのかもしれないね」
「あれだけの怪我だったもんな。部活にだって出ていいものやら」
「あっ、あれ松葉杖じゃないか?横に立て掛けてあるの」
「まだ必要なのか。やっぱり重症なんだなぁ」
言われて見てみると確かに遠目だがわかる。佐久間の座る隣に、松葉杖があった。

「…しんどいだろうな…できないのは」

豪炎寺の呟きは、鬼道にしか聞こえていなかった。

できない…サッカーができない…

そんな事態、経験はおろか想像さえもしたことがない。
経験者である豪炎寺には、ユニフォームも着れず、出れない試合を見つめるしかない佐久間の気持ちがわかるだろう。
辛いのだろう。悔しいのだろう。
しかしわからない。そのこころはわからない。
鬼道には広いフィールドで隔てられた、その向こうに座る佐久間との距離がおそろしく思えた。何故かはわからないが何かはわかる。この感覚は恐怖に近い。
あの日の電話のことが再び思い出された。
細かなノイズがまるで霧のように感じたり、その霧が彼をうんと遠くに隠すような不思議な感覚。それに妙に焦ったこと。脈拍が変になってきて、息苦しくもなったこと。

「あ、源田出るのか」

誰かの声にピッチを見ると、源田がベンチの横でウォームアップを始めるところだった。
「源田はもう治ったのか?」
「試合に出れるってことはそうじゃないか?」
「よかったなぁ」
「な、よかったな」
鬼道は何も言わなかった。ただ、黙って試合を見ていた。
「おっ!出るみたいだぞ」
円堂が嬉しそうに指差す先で源田はベンチの部員とタッチして、佐久間の前で立ち止まる。
2人は何かを確認するようにコートを指差しながら少し話すと、源田が屈んで佐久間に耳打ち。
それから佐久間は顔を上げ、源田は振り返る。

目が合ってしまうその前に、鬼道は顔をそらして逃げた。

そのままベンチは2度と見なかった。帝国の勝利が覆りようもなくなった後、試合の途中で席を立った。


“裏切り者が来てるぜ”
“どのつらさげて”




……言うわけがない…

わかっているのに……


自分にその意識があるから浮かぶ妄想だ。後ろめたい。彼らの視線は痛いのだ。

鬼道は佐久間の目を思い出した。

細く長いまつげに縁取られた目。形の良い弧がつくるまぶたにくるまれた眼球。澄んでいる。綺麗で大きな瞳だった。

それで刺すように見るのだ。

話してみればひたすら可愛い男だが、あの目は鋭い。力がある。
鬼道は針の先やら銃口にさえ見える佐久間の眼差しを思い出す。その視線が実のところはいつもただ無邪気で害意の無いこと。微笑むと余計に美しいこと。

目が合うと、それだけで…




「帰ろう鬼道。圧勝だったよ」

スタジアムの廊下は人気も無く寂しかったが、
懐かしくてたまらなかった。
バスに乗り込む前に振り返る。
「行こう」
懐かしいが、戻りたいとは違う。
今の方が俺は自由で幸せなんだ。
格式を象徴するような校舎が徐々に遠ざかっていく。

『雷門はいいチームだ』

最強と無敗を誇りに掲げてきた帝国に、長く身を置いていたくせに佐久間は素直で柔軟だ。
40年の記録を惨敗に終わらせた謗りを受けなかったわけではないだろう。いまだに俺を裏切り者と思う者も多い。一方で佐久間のような考え方をする者は珍しい。
もちろん雪辱を果たす名目のもとに“裏切った”わけだからせれはあながち間違っていないのだが、目をつむったのか本気で騙されているのか存外御人好しが多い。佐久間は中でも特別御人好しで、もう間抜けの域に思うがそれに甘えてきたのも事実だ。

「酔ったか?」
「…いや、…平気だ」
「もうすぐ着くからな」
「ああ…」
円堂が気遣うように鬼道の肩に手を置いた。その優しいこと。再び佐久間を思い出す。
いつから参謀と呼ばれるようになったのか、佐久間はチームに対する心配りが細やかで、傲らない気性が好かれていた。彼が居たから帝国の人間関係は円滑で、競い合う日々も皆苦にはならなかったのだろう。思えばたくましいやつだった。

このところ…
佐久間のことばかり考えている気がする。
検査入院から電話。今日のことでまたしばらくは思考は彼の虜だろう。
同じチームに居る間はこんな風に考えたり、人柄についてじっくり思うことなど一度もなかったというのに、近頃はどうしたことだろう…

「鬼道、携帯鳴ってないか」
「ん?…ああ」
バスの振動で気がつかなかった。携帯電話がメールの受信を知らせている。

(源田……)



バスを降りてから源田から送られてきたメールを開いた。
件名も本文も無く、画像が一枚添付されている。

ファイルを開いて鬼道はまさに息を飲んだ。

素早く指を動かして、電話帳を開き電話をかけた。大急ぎで。



『………なんだ?』
呼び出し音が途切れると、奇行とも思えることをしたはずの男の声は落ち着いていた。
「……、なんだ、だと?」
『………』
「お前こそ…あれは」
『………』
「どういうつもり
、なんなんだ?」

『いらないんだろ』

源田の声は冷たかった。
「いらない…?」
『もらうぜ』
「…意味を訊いてる。あの写真、なんなんだ」
『だから、いらないんだろ?』
「意味がわからん。説明しろ」
『ははっ』
「源田…?」
添付されていた写真は佐久間を撮ったものだった。先ほど観てきた試合の直後だろう。松葉杖を足の間から胸に抱え、ベンチに座って涙を流している。
横顔で、そう近い写真ではなかったが、涙は見えた。
泣いていた。

『えらそうに……』
「……!」

源田の低い呟きは、鬼道に鋭く突き刺さる。
「…………」
『お前にとっては…捨てたごみだろう…』
「なっ…!違う」
『“なにを”とは言ってないぜ』
でもそんなことはどうでもいい。

愕然とするような言葉を慈悲無く浴びせる源田の声は、聞き慣れたはずの彼の声には到底思えなかった。
どうでもいい、と言われて更に、目的が見えなくて戸惑いが募る。
『佐久間も、言ってた』
「………なにを…」
『“あの人を見てると自分は地を這う虫か何かのように思える”』
「…………」
『否定しないんだな。正解だからだろう』
「…ちがう…」
自分の声が震えているのに気付いたが、どうしようもない。

『別にいい』
「………」
『わかっていた』
「……ちがう」
『責める気はない。それでただしい。想像できるからな。
俺たちは虫で、お前だけが人だ。フィールドを走るのはお前だけ』
「…………」
『帝国のサッカーはそういうものだった』
「…ちがう…」
『責めてるわけじゃない。事実を言ってるだけだ』
「………」

『でも虫にも心はある。一寸の虫でもな』

鬼道は今にも足から崩れてしまいそうだった。
足元に大きな穴が空いて、落ちて行くのではないかと思った。
『知ってたか?
知らないだろうな』
「…源田…」
『俺は別にいいんだ。自分の器もわかってる』
「………」
『それでも俺は、お前と戦うのが好きだった』
「………」
『かけ離れた存在でも、お前は優しいと思っていた』
「……源田…」
『でも佐久間を泣かせた』





『だからもう許せない』

『俺はあいつが好きなんだ』














切れた電話をかけなおす気にはなれなかった。
バスから降りて立ち止まったままの鬼道を部員が数人呼びに来たが、
ただならぬ様子に戻っていった。鬼道はそのまま思考した。


(携帯電話とは……)

恐ろしいものだな…
うまく使えば人をも殺せるだろうと思う。俺の心は傷付いた。深く抉れた。ふさがる気配も無い傷だ。痕も残るだろう。

でもそれでいい。

俺は少し思い知るべきだ。


鬼道は佐久間の見舞いに出掛ける源田とのやり取りを思い出した。

穏やかで、何も変わらない朗らかな話し振りだった。
円堂たちへの形容しがたい心持ちがそうさせたのか、彼の様子に不自然はまるで感じなかったのを覚えている。むしろ心は安まった。
円堂らに隠し事をされたという一方的な思い込みの怒りで、ぎすぎすした気持ちが助かった。
だがその向こうで源田の胸は同じように悪く、いらいらとむかむかと俺を見ていたのかもしれない。

それから佐久間のことを思い出した。
ごめんと言った声は幼く、胸が詰まる程清んでいた。
あんな声で、あんな気持ちで謝れる日が来るだろうか。

虫だなんて思っちゃいない。
虫の涙がこんなに尊く、心に刺さるわけがない。

それでも本音か建前か、
鬼道には自信が持てなかった。






2011.08.01







***

源田が言った好きはそういう好きとはちょっと違う。
友達・仲間:?=7:3みたいなね。いや何て言うんだろう…本人もあんまり自覚してないっていうか…違うんだ。なんていうか…まぁいいやそれは。気が向いたらブログで後書きでも書くよ。

甲書いたあと時間開けて乙書いたから時間軸に違和感が無いか心配です。




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