不動はある夜狸寝入りで、佐久間が眠るのを待っていた。
ふいに寝顔が見たくなったが、結局見ずにねむることにした。
自分を抱える細い腕を、退けるのがどうも嫌だった。

(……おちつく)

毎晩の、当然の習慣になったのに、いつまでも新鮮な包容が不動にはたまらない。夜の闇が周囲を囲む、それは変わらないのに守られている。佐久間の身体は神に近い、やつらには恐ろしいものに違いない。どんなに頑張っても触れないんだ。
俺を食いたいんだろう。
ざまあみろ。
お前たちは俺に近付けない。
この優越感は感嘆であった。自分たちは光の膜に包まれていて、やつらは手を出せない。安心というものがこんなに素晴らしく、嬉しいものだとは知らなかった。
毎晩、感動に飲まれるようにして眠る。
その毎夜の繰り返しで、不動の中で佐久間は尊く、清浄のものになっていく。
穢れようのない聖母。
それが不動にとっての佐久間だった。

大会の終盤には2年のほとんどが日々入れ替わり立ち替わり、毎日雑魚寝。
正直寝不足にはなったが、佐久間はさりげなく必ず隣で眠ってくれた。人が居ると意地を張っていつものように抱き付けない不動。2人はいつも見えないように手だけつないで眠っていた。
優勝したその日の夜は、結局眠らず朝まで騒いだ。
フルタイムで出場していた選手たちは大抵途中で疲れて寝たが、円堂だけは元気だった。一方で功労者の1人のくせに、佐久間はずいぶん控え目だった。終始聞き役に徹していて、気付くと転がって眠っていた。今こそ寝顔を見てやろうかと思ったが、少し離れた場所で小さく上下する細い背中を見ていたら、なんとなくその気がそれて見るのはやめた。

優勝ならもちろん嬉しかった。
しかし優勝の瞬間に不動がまずは思ったことは、大会の終わりとチームの解散だった。
寄宿舎での日々と数々の試合がよみがえる。鮮明さにめまいさえした。
それでも喜びは沸き上がる。
人間は複雑にできてる。
喜び、抱き合うメンバーの、その輪にいながら悲しかった。これが無くなるんだ。
同時に地元での日々が過る。またあそこに戻るんだ。
みんな本当に嬉しいのか。心からか。これで終わりなのに。
不動は過度に喜んだ。
嬉しかったのは嘘じゃない。でもこの安息と喜びの毎日が、無くなることだけはたまらなかった。

そうして、世界への挑戦と、
大きな転機の日々が終わった。

口が裂けても言わないが、代表チームの解散は、本当に辛かった。誰とも離れるのは、嫌だった。
佐久間や鬼道に限らず、チームの誰もが好きだった。
別れは辛く、悲しかった。
初めて別れでそう感じた。
それでも、地元に帰っても、世界に変化が見えるかもしれない。
自分の成長があの場所を、もう少しましにするかもしれない。

期待を胸に帰国したが、期待は大きく派手にはずれた。
町は相変わらず灰色で、祝辞も歓声も刺激どころか喜びにさえ感じなかった。親はいつもの如く何も言わないし、部の部員さえ反応は薄い。
もともと実力が無いことを卑屈に思ってる連中だけに、不動はあまりに遠かったのだろう。
地元に戻ってからも毎日、大会中のことを思った。
急速に冷めていくものを繋ぎ止めていたかった。

『不動、ケータイ。番号教えてくれよ』
『持ってねえ』
『えっ!連絡とれねえじゃん!』

円堂の嘆きは、そのまま不動の嘆きでもあった。疎遠になるのは止められないだろう。
そのうち、忘れ去られていく。
人への執着など経験がなかったが、よもやこれほどの辛さを伴うとは皆よくやるものだと感心した。

皆に会いたい。
サッカーがしたい。二度と立つことはないであろうあの舞台が、懐かしくて愛おしい。

佐久間。佐久間に会いたい。

抱き止められて眠った夜を忘れられない。あれが、あれこそが正しい夜だ。
怯えるものなど何もない、あんな夜を皆は生きてる。

佐久間は一瞬、
あの日々の夜の間だけ、
明るい世界に連れ出してくれた恩人に思えた。
やはり今は眠れない。
大会以前の状態にまで戻ったが、一度体験したあの正しい夜が忘れられない。
サッカーがしたい。
皆に会いたい。
正しい夜に眠りたい。
空しくて、毎日、ただ退屈だった。

大舞台でのあの日々を、夜には火に変え闇に挑んだ。

そうしていつも、思い出す。

"だいじょうぶ"

あの子供のような優しい声。



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