※ パラレル系??
※ 外見年齢20歳くらいの佐久間と10代〜の不動
※ 不動さんちは一般家庭



何だかバランスが悪いと思った。喉元の腱にぐっとくる、凄みのある顔立ちをしている。美人だからだ。
「アンタ男?それとも…」
「さあ」
「さあって。なんだそれ」
「好きな方でいい」
声からも判断できない。低めの女の声と聞けばそう。男の声と聞けばそう。
男とか女とか越えたところにある存在に思えた。そしてある意味間違ってなかった。

それは中学生の時、初めて見た。

近所の子供が事故に遭って死んだ時、あれは近くに立っていた。
団地の駐車場に2トントラックが横転して突っ込んで来て、駐車場で遊んでいたちびたちの群れに滑り込んだ。
不動は部活から帰った直後で、自転車を引いて歩いていた。敷地内で乗ってはいけないと決められたばかりで、決まりを無視すればそこらを歩く大人に限らず窓から目撃した連中からも一瞬で親に知れ渡り、嫌みや陰口に発達する。
うんざりだ。
独特の社会をとぼとぼ歩きながら辟易していたら爆音。
金属と破壊と滑走のち悲鳴。
立ち尽くすと、走って指定地に駐輪して駐車場に戻る。野次馬と鳴き声と、煙や土埃がない交ぜになって騒々しい中、細く、白髪の大人が1人倒れたトラックと地面に挟まれてぐったりしている子供の側から立ち上がる。立ち姿から遠目にも若いと見たが、白髪。光っていたから銀髪かもしれない。
とにかく説明し難い、ぎくりとするようなゾッとするような、奇妙な雰囲気である。
近くには母親が泣き叫んでパニックになっていた。母親をなだめる大人達も少し離れて見ている人だかりも、白髪のそれを気に止めている様子は無い。
白髪はしばらくじっとそれを見ていたが、やがて立ち去った。顔は髪で見えなかった。
子供は死んでいた。救急車は間に合わなかった。

それから半年ほど経って、不動が通っていた小学校の教頭が病気で死んで、葬式に行った。
不動にとって別に恩や思い出がある相手ではなかったが、家が団地のすぐ近所だったために団地の母親たちが同じ学校に通っていた子供らをまとめて行かせたのだ。
そこにあの事故の日、駐車場に居たあれがまた居た。
白いシャツに黒いカーディガン。黒いパンツは細く、長い足が強調されていた。
すらっとした姿勢。
不動は半年前の事故の日、これに感じた妙な印象の正体に気付く。
非現実的な美貌である。
やはり周囲はそれに声をかけることも、見ることさえ無い。
薄光りしているくらい神々しく見えるのに、妖しくてたまらない。
水銀や毒蛇を見る時のような気分になり、ひとまずは目をそらす。
そしてもう一度目を遣った時には、それは居なくなっていた。

それから4年経って17歳になった不動は、修学旅行の旅先でまたそれを見た。
奈良の公園で鹿が一体死にかけていて、やかましく囲まれても動けないままうずくまっていた。女子生徒たちはきゃいきゃいとかわいそうとかこわいとか言っている。しかしその鹿の側にしゃがみ込んで、頭を撫でてやったそれへの反応は無い。
それは優しく頭を撫でて、鼻先をちょっと指でなぞると鹿は静かに事切れた。

死がつきまとう「あれ」がどういう存在なのか、
それから時々考えはしたがそればかりにとらわれたり深刻に推測する事は無かった。

だから祖父が腰を悪くして入院した先の病院で、まだ元気そうな老人の手をすすいとなぞったあれの姿を見て、ようやくとんでもないものであるのだと気付いた。
その老人はやはりその日に亡くなったという。


『決まってるのか』
『主語を言いたまえ』
『寿命だよ。決まってるのか』
『ジュミョウ…ああ、時間ね。そういう言い方もするものね』
それはその頃はたちそこそこに見えたが、男も女も無い存在なら年齢というものも無いのかもしれない。
物理的に存在しているならば時間の影響を受けないはずは無いだろうに、年をとらないというのは少し納得がいかない気がする。
そういうものとも、隔絶された者だといえばそれまでだけれど。

死亡事故があった交差点の信号機の下に花が供えてあって、その時それはその花を見ていた。
両ポケットに手をつっこんで首だけ下がった姿勢。背筋はすっとのびている。
黒いトレーナーと細身のジーンズ。襟のあいた首元は、鎖骨がくっきり浮き出ていた。
『アンタって何?』
『……』
『おい、アンタだよ。そこの。白髪、オイ』
『…何か用』
特に驚くでも無くごくごく静かな反応だった。
後ろを通り過ぎようとして、衝動的に声をかけてしまった。なんとなくだが関わってまずい気もしなかったのだ。
相手が驚かなかった事が不動にとっては予想外だった。
誰にも見えていない存在で、不動だけが見ている幻覚では無いのだとしたら、自分を可視できる人間には多少にしても驚くのではないかと予測していた。
『何だと思ってる?見えないわけじゃない。普通見えるんだよ』
『えっ…だって事故の時…鹿の時も……』
『人なんだけどな。君、何か失礼な事考えてるだろ』
近くでそれの顔を見ると、呼吸がいかれるような気がした。その頃はまだ向こうの方が背が高かった。
それは人だと言った通り、名前があった。佐久間だと名乗った。
その後意外にも佐久間との交流は続いた。
とはいっても外のどこかで座って少しだけ話したり、並んでぼんやり景色を眺めたりするだけだった。会うのはいつも偶然で、お互いに会いに行くことも術も無いが不思議と会おうと思えば会えた。今日会うかもしれないと思うと必ずどこかで出くわした。

死神っていう表現が一番正しい気がするけど、本当のところはよくわからない。
佐久間の外見は変わらない。初めて見た時から7年経ったが、成長も老いも無いように見える。
「しかし綺麗な顔してる」
「……」
「俺って早死にすんのかな」
「何故?」
「お前が見えるから」
佐久間に触ろうとか何か聞き出そうとか、あまり考えた事は無かったが知っていた。自分はこのよくわからない存在にある種の好意を持っている。
「終わりは気まぐれだよ。病気や事故もそう」
「そうなん?お前がやってんじゃないんだ」
「違う。因果」
死神にもルールがあるみたいだ。
佐久間の話し方は子供のよう。単語が並べられただけだったり、言葉が正直すぎたりする。
よくよく見れば白髪は灰色に近いような、銀がかったような、青みのあるような、表現の難しい色をしていた。目はもっと難解で、片目がいつも髪に隠れ、瞳は金色っぽいが、角度によりけり。
そしてどうしても美しい。
「ジュミョウとかウンメイとか、理不尽だと思わない」
「えっ?」
「死は平等だと思うけど、ジュミョウとかウンメイとか言って理不尽な物のように言うでしょう」
佐久間と話すのは面白かった。
正体を明かしたくないとか隠しているというよりは、佐久間自身が自分に興味が無さそうで、こちらも訊く気が無くなるのだ。
かわりに話す事は大体が生と死の定義である。
生まれるも死ぬも平等であり、人は大げさだと言う佐久間が一体何なのか。不思議と気にならなかった。

「この前寿命が理不尽とか言ってただろ。あれってどういう話」
「どうと言われても」
「なんで理不尽だと思うんだよ」
「決めつけを理不尽と思うのに、ジュミョウにはシカタナイと言う。ウンメイ然り」
「……」
「生死は平等だよ。死ぬには何か必ず因がある」
不動は去年成人した。
佐久間の言うことも、昔よりはわかるつもりだった。
「見ず知らずの奴に無差別に殺されても?」
「見ず知らずの奴に無差別に殺されたということがそれだ」
「……」
「奇妙なこだわりだ。人間だけだけどね。全ての死に罰が必要というわけでは無いくせに、裁きあう」
(こだわりと言われればそうだ…)
「生死を尊いとするならば罰や刑で縛るのが道理から外れる行為では無いだろうか。日常なんだよ生も死も」
「でもお前だって死なせるだろ。それこそ理不尽なんじゃないのか」

死は気まぐれだよ、という言葉の意味を誤解していた。

「我々は死を与えたりはしない。我々もいずれ死ぬ平等の存在だからね」
「…じゃあ、何をしてるの…」
初めて不信感を持って問いた。向こうは珍しく微笑んで答える。

「告げるだけだよ」




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