date 09:



晴矢に殴られた2人は病院に搬送され、職員数人も治療を受けた。衝撃を目の当たりにした子供たちは落ち着かず、手の足りない夜に奔走するうち日が昇る。

奇異なことだが渦中の最たる晴矢と風介の事は、放っておかれたままだった。
荒れた食堂で抱き合いながら眠っている。
動揺は朝になっても腹の底にとどまりつづけた。瞳子は食堂の入り口から、ひとつのかたまりになって眠る不安と恐怖の象徴を眺めていた。

夢にも思わぬたくさんのことが、突然起こった。

しっかりしなくてはいけないと思うと、心は乱れる。情けない。
瞳子の自責は大げさだった。まだ学生の、不安定な時期にある少女の責任感にしてはあまりにも強かった。
どうしたらいい、どうしていればよかった、どうしていけばいいのだろう。
真面目で潔癖な彼女は動けない。情けなくて、涙が出そう。それも情けなくてたまらない。

「ねえさん、おはよう」

呆然と食堂にたたずむ瞳子に、ヒロトは普段と変わらない調子で挨拶する。瞳子は驚異の目でヒロトをふりかえったが、ヒロトはもう一度、おはよう、と言って微笑んだだけだった。

「………ええ…」

それしか言えない。出ない声に喉がからからに乾いていたことに気付く。
ヒロトはなんの躊躇も無く食堂に入って行き、こぶになっている晴矢と風介に手を置いた。
「起きて2人とも」
「………」
「…、ん…?」
「お風呂はいろう。汗かいたでしょ」
のそのそと起き出した2人と手を繋ぎ、ヒロトは風呂場に向かって行く。
「ねえさん着替え置いておいてくれる?」
「、…ええ、…」
真横を通った3人に、なんと声を掛けることもできない。

いつもの寝起きの2人だった。

10も違うヒロトがたくましく、かけ離れて強く見えた。


様々な事情を抱えた子供たちが、それでも無条件で安心できる場所を作りたかった。
それを目指してきて、その理想にやっと少しは近付けたのではないだろうかと思っていた矢先のことだ。
一体なにをしてきたのだろう。思い上がっていた…
瞳子は自分の中にみつかるわけのない原因を探した。
突き止められないことで、更に自分を責める。堂々巡りも焦りと苛立ちで気が付けない。
長いことこの施設にかけてきた努力と誇りが、一晩で瓦解したような気がした。

めちゃめちゃに壊れて荒れた食堂がそれを象徴しているように思えてきて、辛かった。


施設は夏休みの間に元の姿を取り戻したが、上辺に過ぎないと瞳子は思っていた。
これからのことに波乱ばかりを危惧する自分を馬鹿馬鹿しいとも思うのに、予感は離れない。恐ろしかった。
18歳の彼女は、つまり受験生。秀でた彼女に誰もうるさく干渉することは無かったが、瞳子はこれを楯に、施設から少し遠退いた。
無責任だと思っても、どうしても誠実に、真摯に居られるという自信が持てない。
このままではまともに事をこなせないだろう。気力が削がれてしまったように、どうしても立ち向かう力が持てない。
惰性は今までの自分をさらに傷付ける気がして嫌だった。それでいっそと距離を取った。

そして肌寒くなってきた頃、久々の訪問を施設は何も変わらない姿で出迎える。

これが決定打となった。

自分が居なくても、ここは変わらない。やっていけるのだ。瞳子は落胆した。
以来瞳子はより施設に携わるのを避けた。
努力が裏切られたようなさみしさが、言い様も無く切なかった。


対して、ヒロトはあの日から水面下でうごめく変化を感じとっていた。
瞳子が変化が無いように見受けた施設は彼女を欠いたことで確かにバランスを崩していた。

晴矢は、風介にも、
その後変わったところは特に無かった。
晴矢は殴った2人に謝罪し、それは本当に申し訳なさそうであったし、途中には泣き出してしまって反省は見てとれた。怪我をした2人はひとつふたつ年上であり、晴矢とも仲が良かった。
許されて晴矢はさらに泣いた。
一方風介には大きな発展があったというのに、もともとのたちが無口なようで喋らないことにかわりは無い。
返事も癖のついた“がくん”のままで、相変わらずヒロトと居ることも多ければ、表情が乏しいところもそのままだった。
徐々にでいいと見守られたが、定着しそうな静けさを心配されつつ安定していた。

自我が確立されていく子供たちの中で、誰よりも変わらないように見える風介に、計り知れない何かを思う。
ヒロトは風介に関して自信が無かった。
それでも、自分がわかってあげられない風介を誰がわかるだろう。声が出るのに喋らない風介。
瞳子が施設から離れたことで、ヒロトは孤独を感じていた。
もともと姉と呼んでいても、ヒロトは里子である。2人の雰囲気にしても、姉や弟というにはまだ隔てるものがある。それでもヒロトは施設の他の子供に比べ、瞳子とは近かった。風介や、施設のことで瞳子に協力してきた。それがごくごく微力だとも、大して役にたっていないだろうとも思いながら、ヒロトは瞳子に絆を感じていた。それを瞳子にも同じように、思っていて欲しかった。慕っていたのだ。

しかし瞳子は来ない。

辛かった。
瞳子も決してヒロトを特別に扱ったり、贔屓するようなことはなかったが、他の子供たちとヒロトに対してでは、やはり多少態度は違っていた。
ヒロトは瞳子が、自分の理解者であるという認識でいた。誰と話すよりも瞳子と話すのが好きだった。
幼いために、本当は、本当に姉なのではないだろうかとも思う時もあった。
瞳子に会いたいと思っても、わがままは言えないと押し込めた。さみしかった。

少しずつ、確かだった場所が崩れていく気がする…
何かがおかしくなっていく気がする…
それに気付き、危機に思っているのは自分だけだろうとわかっていたし、誰も真剣には聞いてくれないだろう。気のせいかもしれないと思いながら、心細かった。
ヒロトは自分でも気付いていないが、実は深刻な人間不信症を患っていた。瞳子は精神的な支えだったが、会うことが少なくなって症状は露骨になってきていた。

不気味な風介と、危うい晴矢。
集団の危険性。
信用しきれない職員。

せめて自分も歪みの一部にならないように自分に更なる冷静を課した。
たまらなくなって不安を手紙に書いて、封をしたが出せなかった。そもそも出す気は無かった。
自分の胸騒ぎなんて当たらなければいい。
人に言えばそれだけで実現してしまう気がして誰にも言えない。

ひたすらの嫌な予感と置いていかれたようなさみしさ。
心細い、たまらない孤独。

すべて1人で耐える他無かった。





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